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Science September 23, 2005, Vol.309


ボディガードを呼び込む(Calling in the Bodyguards)

草食性の害虫に襲われる植物は植物自身の化学的防衛力を身につけているが、更に ボディガード、即ち害虫を捕らえる捕食者を呼び込むこともできる。揮発性の化合 物がこのような三角関係のシグナル伝達において重要となる。Kapperた ち(p.2070;Pennisiによるニュース記事参照)はシロイヌナズナの遺伝子操作に より、テルペノイド代謝系を標的にしてこの種のボディガードを呼び込むのに必要 な揮発性化合物を作った。(KU)

ゲスト分子を離れ離れに(Keeping the Guests Apart)

多くのタンパク質は極めて手の込んだポケット構造を形成し、分子状の反応剤を配 向したり、並ばせている。より単純なナノメートルスケールの囲いも、水素結合 や、或いは金属中心への配位を通して溶液中で分子の自己組織化により作ることが 出来る。Dalgarnoたち(p.2037)は、この種の構造の一つが二つのポリアロマ ティックな色素分子をカプセル化し、しかも固体でのX線回折と溶液中での蛍光-ク エンチングの研究から、二つの分子がしっかりと離れていることを示している。こ の剛直性はゲスト分子とカプセル壁間のπ-スタッキングとCH-πの相互作用に由来し ているらしい。(KU)
Fluorescent Guest Molecules Report Ordered Inner Phase of Host Capsules in Solution
p. 2037-2039.

広い空間を持つ多孔性の固体(Roomy Solids)

大きな表面積や有用なガス貯蔵能力を持つ金属-有機物の骨格構造の化合物は、一般 的に金属中心への配位によって結合している。最近、Crイオンと有機のジカルボキ シレート、及びフルオロハイドリックアシドの水熱合成により、無機の三量体で固 定され、大きな超四面体構造で結ばれた多孔性の骨格を持つ構造体ができることが 示された。Fereyたち(p.2040:HuppとPoeppelmeierによる展望記事参照)は、計算に よる設計とCrイオンとテレフタレートに基づく関連化合物の合成に関して報告して いる。この化合物は275℃まで安定であり、かつX線粉末回折データの解析から、巨大 なセル体積(702,000立方オングストローム)を持つゼオライト型の立体構造を持っ ている。特大の孔のサイズ(直径30〜34オングストローム)からなるネットワーク 構造により、グラムあたりほぼ6000平方メートルの極めて大きな窒素吸収能を示 し、更に大きなケギン(Keggin)構造のポリアニオンさえも籠の中に取り込むことが できる。(KU)
【訳注】ケギン構造:四面体対称構造を持つ大きな分子
A Chromium Terephthalate-Based Solid with Unusually Large Pore Volumes and Surface Area
p. 2040-2042.
CHEMISTRY:
Enhanced: Better Living Through Nanopore Chemistry

p. 2008-2009.

とても長い波(A Very Long Wave)

インド洋周辺諸国に損害を与えたスマトラの津波は、消失するまでに地球を数回 巡った。この推移は、全世界中の潮汐ゲージネットワークにより記録され、そして Titovたち(p.2045,2005年8月25日オンライン出版)は、海洋モデルを使いこの津波の 地球規模の伝播を解明しようとした。大きな波は南極大陸近くのペルー沿岸や震源 から遠く離れ、かつ極めて間接的に波が伝わるカナダのノバ スコティア州ハリ ファックスのような場所で記録された。そのモデリングは、津波が地球の中央海嶺 系によって部分的に導かれていることを示唆している。(TO)
The Global Reach of the 26 December 2004 Sumatra Tsunami
p. 2045-2048.

湿ったアフリカを脱出(Out of a Wetter Africa)

300万年前から100万年前の間に、現生人類Homo属が現れ、Homo erectusが出 現し、我々の先祖がアフリカの外へと移動した。この一連の事件の期間、アフリカ の気候は全般的に乾燥が進んできたと思われてきた。Trauth たち(p.2051, オンラ イン出版 18 August 2005)は、その当時の人類化石のもっとも多く見つかっている 東アフリカ地溝帯での湖の発達と消失の記録を示した。そのうち、それぞれが20 万年間の3つの期間は、湿潤であり、湖は深く広範囲に広がっていた。(Ej,hE,nk)
Late Cenozoic Moisture History of East Africa
p. 2051-2053.

染色体の移植(Carry-on Chromosome)

複数の相互作用している座位と関連しているヒトの病へのアプローチの一つは、ヒ トのトランスクロモソームフラグメントや人為的に作られた染色体上の多数の遺伝 子をマウスの細胞中で処理したり発現させることであった。ダウン症候群(DS)は染 色体21のトリソミー(三染色体性)に依存しており、幾つかの試みはトランスクロモ ソームのアプローチによりこの病を再現させることであった。O'Dohertyたち(p. 2033; Millerによるニュース記事参照)は、染色体21の遺伝子の91%を担うトランス クロモソームフラグメントの生殖系列移植に関して報告している。このうちの少な くても58%は転写的に活性であり、そしてこのフラグメントは全ての体細胞で均一 な発現はしていないが、行動面や生理学面での異常を含めてDSとの類似性を共有す る表現型を示した。大きなヒト染色体フラグメントをマウスに移植することができ ると、他の複雑な遺伝的病の研究促進に役立つはずである。(KU)
An Aneuploid Mouse Strain Carrying Human Chromosome 21 with Down Syndrome Phenotypes
p. 2033-2037.

ジャンプの準備完了(Ready to Jump)

多くの研究が、液滴の固体表面への衝突による反跳現象を追いかけている が、Habenicht たち (p. 2043) は、このプロセスの二つに分けたときの二番目の部 分を分離することができた。彼らはレーザーを用いて、不規則な形状の金のナノ粒 子を溶融した。溶融した液滴の形成により、粒子の重心は固体表面から離れるよう に動き、十分に強い放射束では、そのプロセスは十分に速く、10m/secのオー ダーの速さで液滴が脱離する。(Wt)
Jumping Nanodroplets
p. 2043-2045.

カロチノイドとレチナールの結合(Carotenoid and Retinal United)

カロチノイドは光エネルギーを吸収するときにスペクトル帯域を広げるアンテナ分 子の役割をしており、吸収されたエネルギーはクロロフィル(葉緑素)に伝達され、 ここで光合成に利用される。レチナールは水素イオンポンプファミリーの中の光吸 収発色団(chromophore)で、原始性(archaeal)で細菌性のロドプシンであ る。Balashovたち(p. 2061)は真正細胞のSalinibacter ruber細菌内におけるこれら 2つの光伝達経路の交差について報告した。彼らによると、カロチノイドである salinixanthinとレチナールを含むタンパク質のxanthorhodopsinの1:1の複合体を 見つけ、カロチノイドを経由して吸収された光はレチノールに伝達され、細胞壁を 通過して水素イオンを移動させる光駆動ポンプに利用されることを示した。(Ej,hE)
Xanthorhodopsin: A Proton Pump with a Light-Harvesting Carotenoid Antenna
p. 2061-2064.

遺伝子発現上でのノイズとは?(Understanding Noise in Gene Expression)

個体分布上の広範な多様性は、その多くが遺伝子上の差異に起因する。しかし、一 卵性双生児や細胞のクローン個体分布のような遺伝子上は同一であっても、可変性 は存在する。Raser と O'Shea (p. 2010)は、遺伝子発現上のノイズとして計測し た細胞間の遺伝子発現の多様性のレベルをレビューし、このノイズの発生源と結 果、さらにこの抑制についての現状をまとめた。(Ej,hE)
Noise in Gene Expression: Origins, Consequences, and Control
p. 2010-2013.

ポリピリミジントラクト結合タンパク質の解明 (Polypyrimidine-Tract Binding Protein Structures Revealed)

ポリピリミジントラクト結合タンパク質(PTB)は真核生物のタンパク質であり、4つ のRNA結合領域(RBDs)を用いてUCに富む RNA基質に結合し、メッセンジャーRNAのス プライシングに重要な役割を果たしている。Oberstrassたち(p. 2054)は、ピリミジ ントラクトに結合する4つのRBDの溶液中での構造を解明した。それぞれの領域が特 定な特異性をもっており、3と4番目の領域は相互作用しており、それらが結合した RNAは反並行になっている。このように、RBD34はリンカー配列によって分離されな い限り、同一のRNAにおける2つのピリミジントラクトに結合し、そしてRNAルーピン グを誘発して選択的スプライシングを制御している。(An,hE)
Structure of PTB Bound to RNA: Specific Binding and Implications for Splicing Regulation
p. 2054-2057.

筋衛星細胞の操作(Manipulating Muscle Satellite Cells)

筋衛星細胞は筋肉の修復と再生の前駆体を提供すると思われているが、まれにしか 存在せず、かつ単離しにくい。Montarrasたち(p. 2064, 2005年9月1日オンライン出 版)はフローサイトメトリを用いて、緑蛍光タンパク質を発現するマウス系からの筋 肉衛星細胞の単離に成功した。横隔膜から単離した衛星細胞をmdxマウス(筋ジスト ロフィーのモデル)の筋肉に移植すると、その細胞は筋肉の修復と常在の衛星細胞の 作用を効果的に支援した。しかし、衛星細胞を増加させるための試験管内の培養細 胞では、移植の効率を高めることは無かった。(An,hE)
Direct Isolation of Satellite Cells for Skeletal Muscle Regeneration
p. 2064-2067.

歯の問題(A Toothy Problem)

哺乳類の歯の発生において、上皮性のエナメル結節が現れ、そこで歯の尖頭が種特 異的な仕方で発生するが、エナメル結節が歯尖のパターン形成に大きな影響をもた らしているのかは不明である。Kassaiたち(p. 2067)は、エナメル結節の制御が歯尖 パターンに劇的な影響を与えることを示している。エクトジンという最近同定され た歯発生における骨形成タンパク質の拮抗物質が、エナメル結節に発現した遺伝子 の「ネガティブ」イメージを与えているらしく、この遺伝子が歯尖の発生とエナメ ル結節の誘導と抑制を統合している。エクトジン欠失の変異体マウスのエナメル結 節は膨らんで、黒色サイの歯と類似するほどに歯尖パターンを大きく変化させた。 (An,hE)
Regulation of Mammalian Tooth Cusp Patterning by Ectodin
p. 2067-2070.

古代言語学(Ancient Linguistics)

言語間の関係の研究は、伝統的に、言語間で対応する単語対についての「同語源の 集合」を認識し、それらの音と意味の変化を再構成するという方法に依存してい る。しかし、言語学的な意味での言葉の侵食が速いために、この方法はおよそ8000 年から1万年前までにしか遡れないという限界があるのだが、人口移動の多くはそれ 以前に生じていた。Dunnは語彙ではなく言語構造を用いて、言語の系統発生を構成 する方法を開発し、言語学的な時間をより深くさかのぼって、言葉の特徴を資料化 することを可能にしている(p. 2072; また、Grayによる展望記事参照のこと)。文の 要素の順序や、性や時制のような文法的要素などの特徴を用いて、彼らは更新世後 期に分離した、メラネシアのパプア語族の系統発生樹を構成した。(KF,nk)
Structural Phylogenetics and the Reconstruction of Ancient Language History
p. 2072-2075.
EVOLUTION:
Pushing the Time Barrier in the Quest for Language Roots

p. 2007-2008.

流れの中でつかまえた(Caught in the Flow)

堆積盆地(sedimentary basin)における流体(fluid)の起源、放出、そして流れは、 石油や鉱物の埋蔵の原因となり、このようなプロセスは堆積物から岩石を形成する 鉱物セメント(mineral cements)を沈殿させる。これらのプロセスの年代測定には、 小量のサンプルが必要であり、かつ全ての鉱物を特定の流体に関係付ける必要があ るために困難であった。Markたち(p. 2048)は、スコットランド北部の石油堆積盆地 で、温度や流体の組成を記録している一連の流体包有物を含んだ帯状の長石セメン ト(zoned feldspar cements)から、Ar-Arレーザー年代測定の結果を得た。流体の移 動は、石油が堆積盆地に満たされる前、約3000万年だけ先行していた。(TO)
Dating of Multistage Fluid Flow in Sandstones
p. 2048-2051.

タンパク質の折りたたみとほぐれを取り出す(Tweezing Out Protein Folding and Unfolding)

多くのタンパク質は、折りたたみプロセスの初期において部分的に構造化された中 間体を構成するが、これらは「途中状態にある(on-pathway)」中間体なのか、それ ともまったく別の熱力学的状態を表しているのだろうか? Cecconiたちは光学的ピ ンセットを用いて、個々のリボヌクレアーゼH分子の機械的なほぐれと再折りたたみ の軌跡をマップ化した(p. 2057)。この155-残基の単一領域タンパク質は、2つの状 態様式でほぐれているが、再折りたたみの際には、熱力学的に明瞭な溶融した小球 様の中間体を経由している。同様の中間体はバルク研究においても観察されてお り、溶液中の折りたたみもまた、必然的な、かつ熱力学的に明瞭な中間体を介して 進行することを示唆するものである。(KF,hE)
Direct Observation of the Three-State Folding of a Single Protein Molecule
p. 2057-2060.

生き残るための2つの方法(Two Ways to Skin a Cat)

多くの細菌は環境変化を検知し(それによって表現型をいささか変え)ているが、そ うした検知にはコストがかかる。KussellとLeiblerは、環境変化がさほど頻繁では ないときに利用しうる、ランダムに表現型を変える代替戦略を示唆している(p. 2075、2005年8月25日にオンライン出版、またJansenとStumpfによる展望記事参 照)。環境変化の割合が増すにつれ、変わりうる表現型(それらの中にはゆっくりし か成長しないものがある)を集団内に保持しておくコストが耐えられないほど高くな り、集団内のすべての個体に検知装置と多様な表現型のオプションを維持しておく ほうが相対的に安上がりになっている。(KF)
Phenotypic Diversity, Population Growth, and Information in Fluctuating Environments
p. 2075-2078.
ECOLOGY:
Making Sense of Evolution in an Uncertain World

p. 2005-2007.

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