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Science September 9, 2005, Vol.309


お金をかけずに配列決定が?(Poor Man's Sequencing?)

ゲノム変異を研究するための再配列決定プロジェクトを含む多数の用途にとって、 より安価に配列決定する技術は優先順位が高い。Shendureたち(p.1728、2005年8月 4日にオンラインで出版;Pennisiによる8月5日のニュース記事を参照)は、DNA断片 の増幅と濃縮、そしてその後の固定化ビーズ上でのリガーゼを使用した配列決定と エピ蛍光顕微鏡を用いた画像化に基づいて、非電気泳動的アプローチでの迅速なDNA の配列決定をもたらした。この手順は、従来の配列決定と比べて、より正確でス ピードも速い上に、1塩基あたりの解析コストがほぼ1/9である。別の研究室でも、 既成の装置を使用して、同様な配列決定システムを自分たちで構築することができ るだろう。(NF)
Accurate Multiplex Polony Sequencing of an Evolved Bacterial Genome
p. 1728-1732.

磁気スピントロニクスに向かって(Toward Magnetic Spintronics)

現在、マイクロエレクトロニクス技術は、リソグラフィー的に作られる回路の電荷 の流れとその制御に依存しているが、電子は量子力学的なスピンをも持っており、 論理回路を作るのに利用されている。“スピントロニクス”への多くのアプローチは 半導体材料が中心であるが、他のアプローチとして磁気材料も研究されてい る。Allwoodたち(p. 1688;表紙も参照)は、磁壁の動きを利用した磁気論理回路に関 して提案されたある特殊なアーキテクチャを検討している。磁壁とは逆方向に並ん だ磁区間の境界である。基本的な論理機能と不揮発性については磁気ナノワイヤー の簡単な結合によって実証された。(hk)
Magnetic Domain-Wall Logic
p. 1688-1692.

ペロフスカイトの保存性(Perovskite Preservation)

地球の下部マントルにおける主要な鉱物はペロフスカイト(Fe,Mg)SiO3 であるが、このペロフスカイトの量は全体的な組成に依存している。例えば、沈み 込み帯の海洋地殻ではペロフスカイトが顕著に存在している。このような領域の再 混合や、或いは均質化は地球マントルでのFeやMgやSiといった主要陽イオンの拡散 によって大きく影響される。Holzapfelたち(p.1707,2005年7月28日のオンライン出 版)は、高温(1973〜2273K)高圧(22〜26GPa)での実験でFeとMgの相互拡散を測定 した。拡散は緩慢で、この種の均質化は非常に小規模であっても地球年代程度の時 間スケールでは起こりえない。このように、地球マントルにおける本質的に異なる 領域は、これらの領域が機械的に混合されない限り保存されたままの状態にあ る。(KU,tk)
Fe-Mg Interdiffusion in (Mg,Fe)SiO3 Perovskite and Lower Mantle Reequilibration
p. 1707-1710.

フラストレーションの磁性体(Frustrating Magnetism)

強磁性体や反強磁性体が冷却されたときに生じる長距離の磁性の規則性が、欠陥導 入によって抑制される。理論的研究により、この抑制は幾何学的なフラストレー ション格子によっても起こる。三角格子といったフラストレーション格子ではスピ ン対類似の結合が生じない。Nakatsujiたち(p.1697)は、この種の三角格子の一 つ、NiGa2S4を作ったことを報告しており、反強磁性の規則 性が最も低い温度でも抑制されている証拠を示している。この単純な格子構造は、 量子臨界現象や二次相転移といった他の協同現象を調べる際にも有用となるであろ う。(KU)
Spin Disorder on a Triangular Lattice
p. 1697-1700.

ストライプを曲げる(Turning Its Stripes)

高温での気相-固相(V-S)成長条件下では、酸化亜鉛はナノサイズのリボン状結晶を 作り、この超薄膜リボンの表裏の逆電荷が形成する双極子によって、らせん状や、 閉ループ形状さえも作る。Gao たち (p. 1700; Korgelによる展望記事参照) は、1400℃の高温不活性ガス雰囲気中で長時間アニールすると、リボンの幅が広くな り、長いらせん状に捩れる。高解像透過電子顕微鏡で観察すると、ナノサイズの帯 は、交互に繰り返す超格子の縞状となっており、これが帯の長さに達し、c軸方向 を互いに直交させながら伸びている。この変形によって、表裏の極性の差を減少さ せ、隣接ストライプ(縞)間の小さな捩れが螺旋形成の原因となる。(Ej,hE)
Conversion of Zinc Oxide Nanobelts into Superlattice-Structured Nanohelices
p. 1700-1704.
MATERIALS SCIENCE:
Nanosprings Take Shape

p. 1683-1684.

多いとさらに多くなる(More Makes More)

Heathたち(p.1711)は、森林土壌のCO2レベルの増加による影響を研究し 続けており、安定炭素同位体を用いて炭素の移動を追跡した。高濃度の CO2は光合成の増加と植物の成長を刺激するが、土壌に吸収される炭素 量の低下を引き起こし、これは土壌栄養物の付加によって影響されない。土壌中の 微生物の呼吸は、大気中のCO2濃度の増加率に大きな正のフィードバッ クをもたらし、将来の大気CO2濃度の上昇は予想よりも高くなるという 可能性が増すかもしれない。(TO)
Rising Atmospheric CO2 Reduces Sequestration of Root-Derived Soil Carbon
p. 1711-1713.

不可解な脳の遺伝子(Puzzling Brain Genes)

ヒトにおけるMicrocephalin遺伝子およびASPM遺伝 子(abnormalspindle-likemicrocephaly associated)の変異は、小頭症と相関関係 を有する。疾患者の脳の大きさは非常に小さいが、脳の微細な構造は残ってい る。Microcephalinと関連する遺伝子は、ヒトへと至る霊長類系統の進化において、 正の選択圧がかかった状態である。Evansたち(p. 1717)とMekel-Bobrovたち(p. 1720)はここで、現代人におけるMicrocephalin遺伝子およびASPM遺伝子の進化を解 析し、これらの遺伝子が両方とも、まるで正の選択を受けるかのように反応するこ とを見出した(Balterによるニュース記事を参照)。このように、何か未知の利点 のために、ヒト個体群全体にわたってこれらの遺伝子変異型が急速に広まることを 後押しした。(NF)
Microcephalin, a Gene Regulating Brain Size, Continues to Evolve Adaptively in Humans
p. 1717-1720.
Ongoing Adaptive Evolution of ASPM, a Brain Size Determinant in Homo sapiens
p. 1720-1722.
EVOLUTION:
Are Human Brains Still Evolving? Brain Genes Show Signs of Selection

p. 1662-1663.

メッセージはmRNA(The Message Is the Messenger)

春と夏に日が長くなるにつれて、植物はその葉に日光が当たっている時間を感受し て、植物のてっぺん、茎頂で開花を開始するように反応する。葉から茎頂へと伝達 されるシグナルの正体は不明であった(8月12日号のWiggeたち、Abeたち、そして Blazquezによる展望記事を参照)。Huangたち(p. 1694、2005年8月11日のオンライ ン出版)はここで、1枚の葉の遺伝子FT(開花遺伝子座T;FLOWERING LOCUS T)の局 所的発現だけで、シロイヌナズナの熱誘導型のFTを形質転換して開花を引き起こす のに十分であることを示した。1枚の葉を刺激してから6時間以内に、FTのメッセン ジャーRNA(mRNA)が茎頂に出現し、そこでFTのmRNAが開花に関与する遺伝子の転写 とFTそれ自体の転写を刺激する。その他の構成要素が関与している可能性もある が、FTのmRNAは日長の増加に反応して、葉から茎頂へと移動する花の刺激因子の重 要な構成要素である。(NF)
The mRNA of the Arabidopsis Gene FT Moves from Leaf to Shoot Apex and Induces Flowering
p. 1694-1696.

パッチワーク状に生えた植物の生き方(Patchwork Plant Life)

南アフリカのCape Floristic Regionの地中海性気候帯にあるFynbosの低木域は地球 上で最も植物種の豊な生育域である。Latimer たち (p. 1722) は、この地域の植物 種多様性の大きさがアマゾン熱帯雨林のような他の高多様性地域とは大きく異なっ ていて、ここでは移動率(migration rate)が小さく、種の形成速度が速い。局地 種(ローカル種)の豊富な地域は、土地固有な植物を中心にしたモザイク状で、これ ら種の間では移動速度は、熱帯雨林に比べ2桁も小さい。その上、世界的な希少種も ほとんど無く、この点でもアマゾン高地雨林の混合林とも異なる。(Ej,hE)
Neutral Ecological Theory Reveals Isolation and Rapid Speciation in a Biodiversity Hot Spot
p. 1722-1725.

電力を起こす歩行(Power Walking)

充分に合理的な考えを持つ人々でさえ、無価値なことから何かを得るという期待に 惹きつけられる。Romeたち(p.1725,Kuoによる展望記事参照)は、捨て去られたであ ろうエネルギーを取り戻す機械を発明した。彼らは、一歩ごとに垂直に動く重りが 約5センチメートル上がって落ちるときにギアを回す仕組みを導入したバックパック を改良した。この装置は、電力供給源(supplies)を運ぶ中で使われるエネルギーの 一部を取り戻すために使うことができ、shoe-based device(靴の底に、PZTのよ うな圧電素子を装着し、体重で変形する力学的エネルギーを電気に変換する)から 得られる約20ミリワットに比較して、38キログラムの荷重は最大7ワットの電力を 生成する。まだ多くの改良を必要とするが、こうした装置は電力を生成すること で、電源供給網から離れて旅行する期間に、重い電池を持つ必要性を少なくす る。(TO,Ej)
Generating Electricity While Walking with Loads
p. 1725-1728.
BIOPHYSICS:
Harvesting Energy by Improving the Economy of Human Walking

p. 1686-1687.

p53の解放(Freeing p53)

腫瘍サプレッサー・タンパク質p53はストレスへの応答におけるストレスに応答して 細胞死、すなわちアポトーシスを促進するよう機能する。p53は核における遺伝子発 現を変え、アポトーシスを制御する細胞質中の調節タンパク質との相互作用によっ て作用する。Chipukたちは、p53のそうした作用を協調させている機構が存在してい る証拠を提供している(p. 1732; またVousdenによる展望記事参照のこと)。p53のあ る標的遺伝子の生成物は、PUMA(p53 up-regulated modulator of apoptosis)として 知られるタンパク質である。DNAを損傷させる薬剤に曝された細胞中で、PUMAと抗ア ポトーシス性タンパク質Bcl-xLとの相互作用によって、それまでBcl-xLに結びつい ていたp53の遊離が引き起こされるらしい。遊離されたp53は自由になって、アポ トーシスを導く細胞質イベントを活性化させている可能性がある。(KF,hE)
PUMA Couples the Nuclear and Cytoplasmic Proapoptotic Function of p53
p. 1732-1735.
APOPTOSIS:
p53 and PUMA: A Deadly Duo

p. 1685-1686.

疫病は犠牲者を標的にする(Plague Targets Its Victims)

エルシニア(Yersinia)や他のグラム陰性菌は、いわゆるIII型分泌マシンを利用し て、標的細胞に直接的にタンパク質を注入している。注入されるエフェクター基 質(effector substrates)は、感染症の発病にとって必須の要因である。Marketonた ちはこのたび、ペストの原因であるペスト菌(Yersinia pestis)がIII型注入のため にマクロファージや樹状細胞、及び好中球を選択していることを示している(p. 1739、2005年7月28日にオンライン出版)。Bリンパ球やTリンパ球はめったに標的と しては選択されない。病気の間に、III型注入により、注入される細胞の相対的量の 付随的な増加と共に、免疫細胞の脾臓からの急速な枯渇をもたらす。生得的な免疫 機能をもつ宿主細胞を選択することで免疫系の機能を停止させ、この不変の致死性 疾病の急速な進行がもたらされるのである。(KF, hE)
Plague Bacteria Target Immune Cells During Infection
p. 1739-1741.

化学と量子計算(Chemistry and Quantum Computation)

量子計算の有望さの一つは、問題の複雑さが増すにつれて、計算時間が指数関数的 ではなく、べき乗的に増大すると考えられることである。Aspuru-Guzik たち (p.1704) は量子計算シミュレータを用いて、量子化学に関するこの問題を確認し た。この計算には、H2O の計算には最小の STO-3G 基底関数系を用い て、また、LiH に関してはより大きな 6-31G 基底関数系を用いて基底エネルギーの 計算が行われた。このシミュレーションで、彼らは再帰的位相評価アルゴリズムを 用いたため、解を読み出すのに必要なキュビット(qubit) は僅か4個であった。彼 らは、それぞれの分子の波動関数を表現するのに僅か8キュビットと11キュビッ トでかなり正確なエネルギーを再現し、量子計算に必要であろうキュビットの数は 分子サイズと線型的な比例関係をとることを示している。(Wt)
Simulated Quantum Computation of Molecular Energies
p. 1704-1707.

産業革命以前のメタン放出(Preindustrial Methane Emissions)

強力な温室ガスである大気中のメタン濃度は、西暦1750年から2005年までの間に、 ほぼ600ppb(parts per billion)から1700ppb以上へと、大部分はバイオマスと化石 燃料の燃焼、土地利用の変化、そして気候変化の組み合わせのせいで上昇した。し かし、産業革命以前の過去にも、人間の活動が世界的なメタンの量に大きな影響を 与えていた。Ferrettiたちは、南極大陸での急速に蓄積しているアイスコアの泡に 閉じ込められていたメタンの炭素組成を分析した(p. 1714)。西暦1000年から1700年 の間に、当時の比較的安定した大気中のメタン濃度にもかかわらず、大きな同位体 の変化が生じていた。彼らはまた、産業革命以前のメタンの炭素同位体組成が、特 に西暦1年から1000年までの期間に、期待されるよりずっと多く、重い同位元 素13Cを減らしていることを発見した。彼らはこうしたことを、気候の 変化とヒトの人口動態の双方によったもたらされたバイオマス燃焼の放出変化に帰 している。(KF)
Unexpected Changes to the Global Methane Budget over the Past 2000 Years
p. 1714-1717.

勾配の生成と破壊(Making and Breaking the Gradient)

感染と戦うために、リンパ球は、最初に自分のいる器官を離れるように「誘われ」 て、循環系の中に入り込まなければならない。同じことが成熟した胸腺細胞でも成 り立ち、末梢性のリンパ系器官に種をつけるために胸腺を出なければならない。リ ンパ球排出のための支配的なシグナルはスフィンゴシン1-リン酸(S1P)からくるが、 この細胞外脂質メディエータがそれ自身でリンパ球輸送を制御するために、どのよ うにして調節されているかをはっきりさせる必要がある。Schwabたちは、胸腺細胞 排出の阻害剤として以前から知られている食物色 素、2-acetyl-4-tetrahydroxybutylimidazole (THI)がまた、リンパ球の遊走を抑制 し、リンパ液や血液に比較してS1Pが比較的少ないリンパ節におけるS1Pの蓄積の原 因となることを観察している(p. 1735; またHlaによる展望記事参照のこと)。この 蓄積により、S1Pを分解するS1Pリアーゼ(脱離酵素)の必須の補助因子の飽和レベ ルを抑え、これによりS1Pの分解を防ぐことによってTHIが作用していることを示唆 するものである。S1Pリアーゼによるリンパ系組織間のS1P勾配の維持と循環が、選 択的な治療的免疫抑制の1つの標的を提供する可能性がある。(KF)
Lymphocyte Sequestration Through S1P Lyase Inhibition and Disruption of S1P Gradients
p. 1735-1739.
IMMUNOLOGY:
Enhanced: Dietary Factors and Immunological Consequences

p. 1682-1683.

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