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Science August 19, 2005, Vol.309


リゾルベースの構造と機能の解明(Resolving Resolvase Structure and Function)

部位特異的なセリンリコンビナーゼであるリゾルベース(resolvase)は負の超コイ ルDNA上の二つのサイト間の組み換えを触媒する。このプロセスには各々の部位での 二本鎖切断と二つの部位間での鎖交換反応、及び再連結を必要とする。Liた ち(p.1210,2005年6月30日のオンライン出版)は、二つの切断された二重鎖DNAに 結合したresolvaseのシナプス中間体に関する3.4オングストローム分解能の結晶構 造を調べ、このプロセスがどのように起こっているかを示している。DNA二重鎖は四 量体のresolvaseの反対側に存在している。この四量体の構造は、二量体resolvase とDNA間のシナプス前複合体と異なっており、触媒作用のセリンを切断しやすいリン 酸に近づけている。この構造は、鎖交換反応を行うために二つのresolvaseサブユ ニットを180度回転させるというサブユニット回転仮説を支持している。四量体にお けるフラットな界面がこのような回転を容易にしている。(KU)
Structure of a Synaptic γδ Resolvase Tetramer Covalently Linked to Two Cleaved DNAs
p. 1210-1215.

ポリマーの生成(Polymer Production)

有機化学者は小さな分子を結合し機能化するのに広範囲な技術を開発し、一方ポリ マー化学者が制御された構造と鎖の長さを持つより大きな分子を作るためにそれを 活用してきた。豊富な道具箱により、標準的な合成技術を用いては作れない巨大分 子を作ることが出来る。HawkerとWooley(p.1200)は多くの重要な進展をレビュー し、基本的なポリマー特性の研究ばかりでなく、カプセル化や薬剤輸送、及び薄膜 のパターニングといった応用にも、これらの新しいポリマー類が期待できるかを示 している。(KU, nk)
The Convergence of Synthetic Organic and Polymer Chemistries
p. 1200-1205.

プロトン推進器を追跡する(Tracking a Proton Propeller)

超酸の発見により、メタンのような不活性な分子でさえも、かなり弱い対イオンと の共存下で、プロトンを付加できることを明らかにした。メタンが酸性化されたと きの生成物であるCH5+イオンは、長いこと理論家に加え分 光学者をも悩ませてきた。水素原子は互いに急速に位置を変えるらしく、そのた め、信頼できる幾何形状と結合モードを同定することができていない。Asvany たち (p.1219, 2005年6月30日のオンライン出版) はCO2との赤外誘導反応を 検知することにより、CH5+の振動スペクトルを測定した。 シミュレーションとの比較により、CH3の三脚形状がH2分 子と三中心の二電子結合により結合しているという構造を支持している。この結合 は、これらの異なるサイト間の交換に対し、0.3kcal/mol の障壁を有してい る。(Wt,Ej,KU, nk)
Understanding the Infrared Spectrum of Bare CH5+
p. 1219-1222.

融解と凍結(Melting and Freezing)

融解と結晶化の研究には、可視化が容易なコロイド粒子を用いることにより容易と なる(Puseyによる展望記事参照)。バルクな融解温度以下での融解前現象は結晶表 面で生 じるが、この現象はバルクな結晶では観測されたことがなかった。Alsayed たち(p.1207,2005年6月30日のオンライン出版)は、僅かな温度変化で大きな体 積変化をするミクロゲル粒子からなるコロイド結晶の融解を研究した。バルク結晶 において、融解前現象は粒界や転位で起こり、各々の欠陥タイプと関連した界面フ リーエネルギーに依存している。融解物への不純物の添加により、バルクな物質の 結晶化をスットプしたり、遅らせたり、或いは加速したりする。不純物とバルク間 の相互作用は複雑であり、それは二つの物質間の化学的相互作用の特性と同様に形 状や大きさの差異を考える必要があるからである。De Villeneuveたち(p.1231) は、不純物がより小さなコロイド粒子の海に埋もれたより大きなコロイド粒子であ る場合の曲面の役割を調べている。不純物の存在は、必ずしも結晶化を遅らせるこ とはないが、相対的な曲面が形成された粒界をつなぐ役割を果たしていた。個々の 不純物は小さな粒子の移動相で囲まれていた。(KU)
PHYSICS:
Freezing and Melting: Action at Grain Boundaries

p. 1198-1199.
Premelting at Defects Within Bulk Colloidal Crystals
p. 1207-1210.
Colloidal Hard-Sphere Crystal Growth Frustrated by Large Spherical Impurities
p. 1231-1233.

溶液中でのスナップショット(Snapshots in Solution)

X線回折は、化学者が固体の分子構造を明らかにする方法として長く認められてき た。最近、サイクロトロンからの強い短時間X線パルスを使い、分子構造が時間を 追って再配列されるありさまが捕らえられるようになった。タンパク質のような試 料では、まず固定化する必要があった。Iheeたち(p.1223、2005年7月14日オンライ ン出版、Anfinrud とSchotteによる展望記事参照)は100ピコ秒の強いX線パルスを 使って、溶液中(in solution)での反応を調べた。重元素に対するX線の感度によ り、彼らは、ジヨードエタン(diiodoethane)のI2と C2H4への光誘導分解反応(photoinduced decomposition)に おけるヨウ素原子を調べた。溶媒に囲まれた中で、このデータは長い間仮説とされ たヨウ素架橋(I-bridged)のC2H4I中間物に対する直接的な 構造的証拠を与えている。(TO, nk)
Ultrafast X-ray Diffraction of Transient Molecular Structures in Solution
p. 1223-1227.
CHEMISTRY:
X-ray Fingerprinting of Chemical Intermediates in Solution

p. 1192-1193.

粒状の痕跡(Grainy Signatures)

我々の太陽系星雲が形成された時、そこに他の恒星からの塵が混ざりこん だ。Brandonたち(p.1233)は、原始隕石中に含まれるこのような塵からオスミウム同 位体データを得た。このデータは、太陽系を形成する平均的なオスミウムが核合成 された星に比べると、他恒星からの塵に含まれるレニウムやオスミウムなどの元素 が作られた場所は高い中性子密度を持つ小さな恒星であることを示している。さら に、このデータは、これらの塵と太陽系で生成された他の塵が太陽系星雲の中で充 分に混じりあって、固体化したことを必要としている。(TO, nk)
Osmium Isotope Evidence for an s-Process Carrier in Primitive Chondrites
p. 1233-1236.

強靭な薄いシート(Strong Thin Sheets)

多くの応用において、カーボンナノチューブのその強靭さを活用するには、ミクロ なナノチューブのファイバーをアセンブリして巨視的なフィルムや糸を作る必要が ある。Zhangたち(p. 1215)は、粘着性の紙シートに垂直方向に並んだナノチューブ のアレイを付着することによって、幅数センチ、長さ数メータのシートにナノ チューブを取り出すことができることを示している。このシートは、最初に高い異 方性をもつ導電性エアロゲル(aerogel:無数の細かい孔が開いたゲル状の材料)の 形状をとり、そして圧縮して厚みがほんの数十ナノメータの高密度で強靭なシート に出来る。(hk, Ej)
Strong, Transparent, Multifunctional, Carbon Nanotube Sheets
p. 1215-1219.

なぜ、大きな体の動物は絶滅し易い?(Why Large Size Increases Extinction Risk)

4000種の哺乳動物の絶滅についての統計的解析で、Cardillo たち (p. 1239, オン ライン出版 21 July2005; Stokstadによるニュース記事22 July参照 )は、なぜ体の 大きな動物は絶滅リスクが高いのかを説明した。子孫を残す割合とか、個体密度な どの種々のリスク増進要因に対する感度は、体重が約3キログラムの閾値を越すぐら いから急激に増加する。この閾値より低い体重の動物の絶滅リスクは、単にどこに 住んでいるかだけが重要である;それよりも大きい動物では、これに加え、生物学 的形質も反映しており,そのため、大きな種ほど減少しやすい。体が大きくなると、 その大きさ以上に不利益が増大し、環境悪化に直面すると大きな動物の生物学的多 様性はますます少なくなるであろう。(Ej,hE, nk)
Multiple Causes of High Extinction Risk in Large Mammal Species
p. 1239-1241.

起動の制御(Controlled Mobilization)

組織の幹細胞は自己更新能力を有し、生物の加齢によって失った細胞を置き換える ように細胞が分化する。鎮静期の幹細胞はいわゆるニッチと呼ばれる、特定のミク ロ環境(microenvironment)に置かれている。必要が生じると、増殖を開始してニッ チ状態を脱する。このプロセスは、ニッチからの細胞外信号と内在的遺伝プログラ ムによって制御されていると考えられている。マウスモデルの研究によっ て、Flores たち (p. 1253,オンライン出版 21 July 2005)は、表皮性幹細胞の起 動(mobilization)は、染色体末端にある核タンパク質構造のテロメア(telomere)で 制御されていることを明らかにした。短いテロメアは起動を阻害し、テロメア合成 酵素であるテロメラーゼの過剰発現は起動を促進する。幹細胞の機能に及ぼすテロ メアの効果によって、少なくとも部分的には、加齢とガンにおけるテロメアの役割 を説明できる。(Ej,hE)
Effects of Telomerase and Telomere Length on Epidermal Stem Cell Behavior
p. 1253-1256.

小さいほど良い(The Smaller the Better)

小さなα-プロテオバクテリア(proteobacteria)は、海洋におけるバクテリアの約4分 の1を占める。Giovannoni たち (p. 1242)が、この生物群から分離した初めての Pelagibacterについて明らかにしたところによると、自由に生きている生物として はこれまでで最小のゲノムを持っている。多くの寄生生物や共生生物と異な り、Pelagibacterはほぼ完全な生合成遺伝子をもっているが、ジャンク(くず)DNA は持っていない。個体群の巨大さのお陰で、不要なDNAを持たなくても、適者が選択 されるコストをうんと安く実現できるようだ。Pelagibacterに比べ,他の有機栄養を 必要とする(heterotrophic)、ゲノム配列が既知の海洋バクテリアは、比較的大きな ゲノムを有している。(Ej,hE)
Genome Streamlining in a Cosmopolitan Oceanic Bacterium
p. 1242-1245.

宿主の因子が微生物の居住に必要(Host Factors Required for Microbial Residence)

微生物の侵入と居住を許容する宿主細胞の微徴は、細菌の侵入を許す病原性の因子 よりも明白ではない。ゲノムーワイドスクリーニング手法を用いて、Philipsた ち(p.1251,2005年7月14日のオンライン出版)は、液胞内で分裂する放線 菌(Mycobacterium fortuitum)の感染に必要な宿主因子を同定した。その因子は二 つの主要なカテゴリーに分類される:通常の食作用(これは細胞が細胞外粒子を飲 み込むプロセスである)に影響を与える因子と、放線菌の取り込みや成長における 特異的欠損を引き起こす因子の二つである。ショウジョウバエ(Drosophila)にお けるスカベンジャ受容体のCD36ファミリーのメンバーが放線菌の取り込みにたいし て特異的に必要とされた。類似の手法を用いて、Agaisseたち(p.1248,2005年7月 14日のオンライン出版)は、細菌性病原体であるリステリア菌(Listeria monocytogenes)の細胞内感染に影響を及ぼす宿主因子を同定した。このリステリア 菌は食作用の液胞から逃げて宿主細胞のサイトゾル内で複製する病原体である。幾 つかの表現型が観測されており、感染した宿主細胞の割合の減少や、細胞内成長速 度の変化、及び細菌の細胞下の位置の変化が含まれている。同定された宿主因子は 広範囲の細胞機能にまたがっている。二つの研究の比較から、リステリア菌のサイ トゾルへの接近に特異的に影響を与える宿主因子と、細菌性病原体に関するサイト ゾル対液胞での細胞内感染に必要な相異なる宿主経路が明白になった。(KU, Ej)
Drosophila RNAi Screen Reveals CD36 Family Member Required for Mycobacterial Infection
p. 1251-1253.
Genome-Wide RNAi Screen for Host Factors Required for Intracellular Bacterial Infection
p. 1248-1251.

それぞれの水素は別の道を行く(Hydrogens Go Their Separate Ways)

化学反応は、核と電子の動きを独立に扱うBorn-Oppenheimer近似を用いることで、 もっとも簡単に理解され、予測される。しかし、電子の基底状態表面と励起状態表 面が重なるようなときには、そうした分離はもはや適用できない。Berry位相効果、 あるいは幾何学的位相効果(geometric phase effect)と呼ばれる1つの結果は、ある 分子軌道が重なる点、或いは円錐体の交点を回る場合の核波動関数と電子波動関数 の位相反転である。この効果はH+H2系での自由原子と結合原子の衝突交 換における反応軌道に影響を与えていると期待されたが、すべての散乱角にわたっ ての生成物の分布を平均すると効果は存在していないようであった。Juanes-Marcos たちは位相幾何学的解析を用いて、この非存在を説明している(p. 1227; またClary による展望記事参照のこと)。彼らは、2つの反応経路がその交点を回っている可能 性はあるが、それぞれの生成物が逆方向に散乱するせいで互いに干渉することがな い、ということを示している。(KF)
Theoretical Study of Geometric Phase Effects in the Hydrogen-Exchange Reaction
p. 1227-1230.
CHEMISTRY:
Geometric Phase in Chemical Reactions

p. 1195-1196.

不変量の幻影(The Illusion of Invariance?)

寿命や成熟年齢、生まれる子孫の数やサイズなど、キーとなる生活史のパラメタに ついて、異なった種やより上位の分類群に共通に見出される無次元の比である「生 活史上の不変量」の探索には多大な関心がもたれてきた。一見するとそんな不変量 が存在するかに見えるので、淘汰の根底に基礎的な類似性があるのではないか、ま た統一的な生活史の理論が可能なのではと期待させられる。Neeたちは、これが必ず しも存在しない不変量の幻影によって生み出された偽りの希望であるかもしれない ことを示している(p. 1236; またde Jongによる展望記事参照のこと)。とくに、不 変量かどうかを検証するのに用いられる回帰手法は、現実に不変量が存在するかど うかに関わらず、不変量があるかのようなまぎらわしい結果を与えている。(KF)
The Illusion of Invariant Quantities in Life Histories
p. 1236-1239.
EVOLUTION:
Is Invariance Across Animal Species Just an Illusion?

p. 1193-1195.

細菌の接触依存的な成長抑制(Bacterial Contact Dependent Growth Inhibition)

細菌は2つに分裂することで増えていくが、ある種の状況下ではコミュニティ内の細 菌はその隣人に応答して自分の生理学的特性を変化させることがある。Aokiたちは このたび、直接的な細胞間接触を必要とし、分化した細菌性集団内の特異的細胞の 成長を制御する、大腸菌における成長抑制系について記述している(p. 1245)。2つ の遺伝子CdiAとCdiBが接触依存の成長抑制に役割を果たしていることが明らかにな り、著者たちは、また成長抑制に対する免疫を提供しているDNA領域を同定し た。CdiAとCdiBは、タンパク質の2パートナー分泌ファミリーに属している。機能的 相同体は尿路疾患性大腸菌に存在しており、潜在的な相同体は多くの病原体を含む 広い範囲の細菌に存在している。(KF)
Contact-Dependent Inhibition of Growth in Escherichia coli
p. 1245-1248.

R-Spondinへの応答(Responding to R-Spondin)

腸における上皮の統合は、急速な細胞増殖と分化、そして細胞死の間の、Wnt/βカテ ニンシグナル伝達経路によって制御された微妙なバランスを介して維持されてい る。Kimたちは、最近同定されたヒトのオーファン成長因子が、βカテニン経路が上 皮細胞増殖を制御する仕方に強い影響を与えていることを示す証拠を提供してい る(p. 1256)。生体内スクリーニングシステムを用いて、著者たちは、R-spondin1が 陰窩上皮細胞増殖を増加させる成長因子として作用し、小腸と大腸の肥厚と伸長を 導きうることを明らかにした。この効果は、予想外にも、Wntタンパク質によるβカ テニンの通常の安定化とは独立に作用し、βカテニン依存的な遺伝子制御に別の経路 もまた影響を与えうることを示唆するものである。腸の腫瘍のある治療モデルで は、R-spondin1は、腫瘍の成長を邪魔することなく、化学療法薬と結びついた強い 細胞障害を減らしたのである。(KF)
Mitogenic Influence of Human R-Spondin1 on the Intestinal Epithelium
p. 1256-1259.

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