[前の号][次の号]

Science October 24, 2003, Vol.302


粘土を通しての気孔(Vesicles via Clay)

生命が発生する以前の時代には、粘土や他の無機物がRNAを含めた有機分子の合成や 成長の触媒作用をしていたであろう。しかしながら、一旦つくられるとこのような 初期の分子をカプセルに入れて保護する手段が必要である。Hanczycたち(p. 618;Russellによる展望参照)は、粘土鉱物が脂肪酸からなる気孔形成をも触媒して いることを示している;その後に続いて表面にある粘土無機物や他の分子を小胞内 に捕獲する。成長しつつある小胞群に圧力をかけて小さな孔を通すと、小胞は分裂 する。このようなシステムが細胞出現に関してのありうる一つのモデルを表現して いる。(KU)
GEOCHEMISTRY:
The Importance of Being Alkaline

   Michael John Russell
p. 580-581.
Experimental Models of Primitive Cellular Compartments: Encapsulation, Growth, and Division
   Martin M. Hanczyc, Shelly M. Fujikawa, and Jack W. Szostak
p. 618-622.

ゆっくりと震える氷(Slow Shaky Ice)

地震計は、突然の地殻変動による地震を記録するために校正されており、よりゆっ くりした事象を見逃す可能性がある。Ekstroem たち (p.622; Fahnestock による展 望記事を参照のこと) は、35〜100秒の持続時間の事象を探査する新しい方法を用い て、数千のゆっくりした地震を見出した。これらのゆっくりした事象のうち、およ そ40個は、氷河と関連していて、これまで認識されていなかったタイプの地震を表 している。そこでは、氷河の底が地盤に引っかかりながらずり動く運動がっくりと した地震を発生している。これらの氷河性の地震を認識し、継続的な研究を続ける ことにより、氷河力学および地震物理学における新たな領域に関する我々の理解を 深めるであろう。そこでは、断層の境界に沿っての動きと物質の特性は、典型的な 地殻変動事象とは異なるものである。(Wt)
GEOPHYSICS:
Glacial Flow Goes Seismic

   Mark Fahnestock
p. 578-579.
Glacial Earthquakes
   Göran Ekström, Meredith Nettles, and Geoffrey A. Abers
p. 622-624.

赤い惑星の緑の石(Green Mineral, Red Planet)

カンラン(橄欖)石(Olivine)は、地球ではありふれた火成岩を構成する緑がかった 鉱物であり、特に火山活動によって形成された玄武岩に含まれる。温暖で水の多い 条件のもとで風化してジャモン(蛇紋)石(serpentine)になる。Hoefenたち(p. 627)は、イシディス(Isidis)隕石<衝撃>{衝突事件}に関係する、火星の NiliFossae地域におけるかんらん石に富んだ岩の露頭にいて報告している。もし、 カンラン石が約36億年いないことになるのか、あるいは地球上の風化の速度が火星 では適用できないのかもしれない。そうでなければ、カンラン石は過去数千年の間 に地上に現れて、そして現在の火星の条件下では風化しなかったであろうか。(T0)
Discovery of Olivine in the Nili Fossae Region of Mars
   Todd M. Hoefen, Roger N. Clark, Joshua L. Bandfield, Michael D. Smith, John C. Pearl, and Philip R. Christensen
p. 627-630.

複合体輸送と構造との関係(Structure of Trafficking Complex Revealed)

Rab/Yptグアノシントリホスファターゼ(GTPase)は、Rab GDP-解離阻害 剤(RabGDI)により機能的に支配されている真核細胞において、細胞内膜輸送にお いて中心的な役割を果たす。RabGDIは、ゲラニルゲラニル化されたGDP-合型のRabを 細胞膜に送達しそして細胞膜から回収することにより、RabGTPasを制御する。Rakた ち(p. 646)は、化学合成とタンパク質工学を組み合わせることで、RabGDIと複合 体を形成したモノゲラニルゲラニル化RabGTPaseの造を、1.5オングストロームの解 像度で解明し、Rabタンパク質によるヌクレオチドの放出をRabGDIが阻害する能力の ための構造的理由を提供した。イソプレノイドの結合が、ドメインIIの疎水性コア における溝を広げる立体構造的変化に必要であることが明らかになった。その構造 から、なぜRabGDIGDP-結合型RabGTPaseと高い親和性を有しているのかが示され、そ してなぜRabGDIにおける特定の変異によりヒトの精神発育遅滞が引き起こされるの かもまた説明される。(NF)
Structure of Rab GDP-Dissociation Inhibitor in Complex with Prenylated YPT1 GTPase
   Alexey Rak, Olena Pylypenko, Thomas Durek, Anja Watzke, Susanna Kushnir, Lucas Brunsveld, Herbert Waldmann, Roger S. Goody, and Kirill Alexandrov
p. 646-650.

分子骨格の多様性を創成する(Creating Skeletal Diversity)

化学ライブラリのコンビナトリアル合成 (combinatorial synthesis)は、同じ中心 構造に異なる置換基を持つ分子を合成するには有用であり、分子骨格の多様 性(skeletal diversity)を増加させる手法(例えば、環構造の数やサイズを変える ような)が必要とされる。Burkeたち(p.613)は、酸素原子を含む五員芳香 環(five-membered aromatic rings)のフラン(furans)の化学的性質に基づく戦略を 示している。その戦略において、置換基が様々な環の化学特性(ring chemistry)の 結果を導く。彼らはこのアプローチを用いて1000以上の化合物のライブラリを作 り、スプリットープール法(split-pool)が反応体プール(reactant pool)に比べて分 子骨格の多様性(skeletal diversity)を増加させている。(TO)
Generating Diverse Skeletons of Small Molecules Combinatorially
   Martin D. Burke, Eric M. Berger, and Stuart L. Schreiber
p. 613-618.

軽い燃料が空気を浄化する(Lighter Fuel, Better Air)

Schultz 等は3次元大気化学モデルを基に世界的な水素燃料経済がもたらす空気の 質および気候への効用について発表している(P.624, Pratherによる展望記事参 照)。彼等は、既存の化石燃料の50%を水素燃料に置き換えることで、対流圏のオ ゾンやその他の大気汚染物質濃度を大幅に減少させることに加え、地球上のヒドロ キシルラジカル(hydroxyl radical)の濃度を5〜6%減少できると予想している。 一酸化炭素排出量と対流圏オゾン量の減少は、気候への影響が最も大きな効果であ ると予想される。(NK)
ATMOSPHERIC SCIENCE:
An Environmental Experiment with H2 ?

   Michael J. Prather
p. 581-582.
Air Pollution and Climate-Forcing Impacts of a Global Hydrogen Economy
   Martin G. Schultz, Thomas Diehl, Guy P. Brasseur, and Werner Zittel
p. 624-627.

協同繁殖により適応度上昇(Cooperative Breeding Improves Fitness)

哺乳動物および鳥類の協同繁殖を説明することは、長年の進化生物学における最も 大きな問題の一つである。最近、個体が血縁個体の生殖を介して適応度を獲得する 場合に、協同繁殖を血縁選択により説明することができる程度に関して、議論に なっている。協同繁殖を行う種についてのデータをメタ分析することによ り、GriffinとWest(p. 634)は、血縁個体の選択的な援助が、援助の見返りがより 大きい種においてより一般的であることを見いだし、それにより血縁選択理論に対 するサポートを提供した。(NF)
Kin Discrimination and the Benefit of Helping in Cooperatively Breeding Vertebrates
   Ashleigh S. Griffin and Stuart A. West
p. 634-636.

マメ科植物はいかにして細菌性共生者を迎え入れるか(How Legumes Let in Bacterial Symbionts)

マメ科植物の根粒着生を生み出し、それによって窒素を固定する相利共生の便宜を もたらす、細菌と植物の間の複雑な相互作用は、Nod因子、すなわちさまざまな特有 の特異性からなるリポーキトオリゴ糖(lipo-chitooligosaccharides)に依存してい る。Limpensたちはこのたび、マメ科植物Medicago trunculataの、Nod因子の推定上 の受容体をコードする2つの遺伝子を同定した(p. 630; またCullimoreとDenarieに よる展望記事参照のこと)。Medicago trunculataでは、植物根毛細胞への細菌の侵 入を制御している受容体が、根毛彎曲の早期応答を制御している受容体よりもより 選択的であるようだ。ここで同定されたLYK遺伝子は、細菌の侵入と、それに引き続 く感染の筋道の成長というプロセスにおいて機能している。(KF)
PLANT SCIENCES:
How Legumes Select Their Sweet Talking Symbionts

   Julie Cullimore and Jean Dénarié
p. 575-578.
LysM Domain Receptor Kinases Regulating Rhizobial Nod Factor-Induced Infection
   Erik Limpens, Carolien Franken, Patrick Smit, Joost Willemse, Ton Bisseling, and René Geurts
p. 630-633.

乳癌および卵巣癌のリスク因子(Risk Factors in Breast and OvarianCancer)

乳癌遺伝子1(BRCA1)の変異は、家族性乳癌の主要な原因である。BRCA1タンパク質 は、DNA損傷に対する細胞反応において機能するが、しかしその詳細な分子的作用は 完全には解明されていない。2つの別個のアプローチにより、BRCA1のカルボキシ末 端(BRCT)ドメイン(これは、DNA損傷を制御するために機能するその他のタンパク 質中にも見いだされる)が、標的ドメイン中のセリンまたはトレオニン残基がリン 酸化された場合に、標的配列に特異的に結合することが、ここで示される。Yuた ち(p.639;Caldecottによる展望記事を参照)は、BRCA1のBRCA1-関連カルボキシ末 端ヘリカーゼとのリン酸化-依存性相互作用を証明し、そしてこの相互作用がDNA損 傷に対する適切な細胞反応に必要とされることを示した。Mankeたち(p. 636) は、DNA損傷に反応して活性化されるホスホイノシチド-様キナーゼATMおよびATRに より優先的にリン酸化される配列に対して結合しうる構成単位に関してスクリーニ ングする際に、プロテオミクス的戦略を使用して、BRCTドメインを特定した。癌リ スクに対する環境的寄与および遺伝的寄与を決定することは、優先順位が高い。 ニューヨーク市近辺の12箇所のがんセンターおよび病院が協力のもと、Kingた ち(p. 643;Levy-Lahadによる展望記事を参照)は、1021人の乳癌患者およびその 家族(これらの人々は乳癌の家族歴に基づいて選択されたわけではない)を調査し て、BRCA1変異またはBRCA2変異を有する女性に対して、乳癌および卵巣癌のリスク を変動させる可能性がある遺伝的因子または環境的因子を評価した。変異は、癌の 高いリスクと関連していたが、しかし非遺伝的因子、特に青年期のあいだに運動を していたことおよび人生前半の健康的体重を維持していたこと、が、乳癌に対する 防御の役割を果たしていた。(NF)
Breast and Ovarian Cancer Risks Due to Inherited Mutations in BRCA1 and BRCA2
   Mary-Claire King, Joan H. Marks, and Jessica B. Mandell
p. 643-646.
BRCT Repeats As Phosphopeptide-Binding Modules Involved in Protein Targeting
   Isaac A. Manke, Drew M. Lowery, Anhco Nguyen, and Michael B. Yaffe
p. 636-639.
CELL SIGNALING:
The BRCT Domain: Signaling with Friends?

   Keith W. Caldecott
p. 579-580.
The BRCT Domain Is a Phospho-Protein Binding Domain
   Xiaochun Yu, Claudia Christiano Silva Chini, Miao He, Georges Mer, and Junjie Chen
p. 639-642.

RNAポリメラーゼの移動性ブリッジ(Moving Bridges in RNA Polymerase)

新規な型のバクテリアRNAポリメラーゼ阻害剤であるバクテリアRNAP阻害剤(CBR703 シリーズ)が、ドラッグデザインのためのリード化合物を提供するとともに、その 酵素がどのように機能しているかについての洞察を提供することが記載され る。Artsimovichたち(p. 650)は、阻害剤が活性部位の外側に結合し、そしてその 阻害剤がアロステリックに作用して触媒作用(すなわち、ヌクレオチド付加、ピロ リン酸分解、およびGre-刺激転写物切断)を阻害するものの、しかしバックトラッ キング(触媒作用から切り離されたRNAポリメラーゼの逆転移)は阻害しないことを 示した。以前の研究では、ブリッジヘリックスとして知られるヘリックスの移動 が、ヌクレオチド結合または転移に関連していることが提案された。この研究で は、おそらくブリッジヘリックスの移動を阻害すると考えられる阻害剤が、触媒作 用に必要とされることが示唆される。(NF)
A New Class of Bacterial RNA Polymerase Inhibitor Affects Nucleotide Addition
   Irina Artsimovitch, Clement Chu, A. Simon Lynch, and Robert Landick
p. 650-654.

運送中で破壊(Destroyed in Transit)

最近、世界中で結核が急に増加しているが、感染した患者の殆どにおい て、Mycobacterium tuberculosis結核菌(Mtb)に対する保護性免疫が検出できる。こ の免疫を仲介する重大なものは、サイトカインであるインターフェロン γ(IFN-gamma)である。IFN-gammaは、多様な免疫応答遺伝子を活性化するが、その遺 伝子の中でも一酸化窒素合成酵素2(NOS2)が特に中枢であると考えられてい る。MacMickingたち(p.654)は、NOS2と独立してMtb感染の防止を仲介できるタンパ ク質LRG-47を同定した。LRG-47を欠乏したマウスからのマクロファージは細菌を取 り込んだファゴソームを生成した。このファゴソームは、外来物質を加水分解する 酵素を含むリソソームと融合できないため、細胞内細菌を破壊する正常な細胞経路 が妨害された。(An)
Immune Control of Tuberculosis by IFN-gamma-Inducible LRG-47
   John D. MacMicking, Gregory A. Taylor, and John D. McKinney
p. 654-659.

腸内の左右の非対称(A Gut Feeling for Left and Right)

多数の脊椎動物器官で、胚形成時に形態学的非対称が発生する。一つの劇的な例は 消化器系である。消化器系では、肝臓と膵臓は非対称性位置にあり、更に腹腔内の パッキングのため腸が複雑なパターンに曲がる。ゼブラフィッシュをモデルとし て、Horne-Badovinacたち(p. 662)は、腸において遺伝子発現の左右の非対称がどの ように形態的非対称に翻訳されるかを研究した。腸のループ形成は、側板中胚葉と いう組織の非対称性遊走によって駆動されているようである。この非対称性遊走 は、成長中の腸を左側へ置き換える(An)
A Cellular Framework for Gut-Looping Morphogenesis in Zebrafish
   Sally Horne-Badovinac, Michael Rebagliati, and Didier Y. R. Stainier
p. 662-665.

持続するT細胞による助け(Enduring T Cell Support)

ある種のウイルスを認識するメモリーCD8^+T細胞は、その仲間であるCD4^+ヘル パーT細胞による早期の支援に依存しているが、引き続いての感染に対しては、さら なる助けを借りることなく、防衛することができる。一つの疑問は、C型肝炎ウイル ス(HCV)などによる慢性のウイルス性感染の場合に何が起きているかということであ る。その際には、ウイルス血症が適切に制御されていないのである。チンパンジー のHCV感染モデルを用いて、Grakouiたちは、応答性のメモリーCD8^+T細胞がそのウ イルスの二次感染前にヘルパーCD4^+T細胞が枯渇した後も持ち堪えることができる ことを実証した(p. 659)。しかし、感染後数ヶ月経過した後でも、消えずに残った 逃げ延びた変異体は検出され、このことから、T細胞による助けが続くことが、慢性 のウイルス性感染を効果的に制御するのに必要であることが示唆された。(KF)
HCV Persistence and Immune Evasion in the Absence of Memory T Cell Help
   Arash Grakoui, Naglaa H. Shoukry, David J. Woollard, Jin-Hwan Han, Holly L. Hanson, John Ghrayeb, Krishna K. Murthy, Charles M. Rice, and Christopher M. Walker
p. 659-662.

[前の号][次の号]