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Science February 7, 2003, Vol.299


第二法則について論理的に考える(Thinking Coherently About the Second Law)

熱機関の効率は、カルノーサイクルによって上限が決められていて、その値はTcとThをそ れぞれ低温熱溜めと高温熱溜めの絶対温度とすると1‐Tc/Th である。Scullyたち (p.862; Linkeによる展望記事参照)は、この上限効率は熱浴 (heat bath)内の原子がある 会合相(associated phase) fを持つ、コヒーレント熱源によって超えることが出来ること を示す。このような機関は、Tc=Thの時にでも正味仕事量を生成することが出来る。しか しこの場合でも、初期にコヒーレントな状態を作るためにマイクロ波場のような外部のエ ネルギー源が必要となるため、熱力学の第二法則は常に成立している。(TO,Nk)
PHYSICS:
Coherent Power Booster

   Heiner Linke
p. 841-842.
Extracting Work from a Single Heat Bath via Vanishing Quantum Coherence
   Marlan O. Scully, M. Suhail Zubairy, Girish S. Agarwal, and Herbert Walther
p. 862-864.

金のクラスター中の大きなギャップ(A Bigger Gap in Gold Clusters)

原子の小さな集合体の物理・化学的特性は、しばしば、対応するバルク材料のものとは異 なっている。たとえば、バルクの金は比較的反応性が低いが、多くの小さな金のクラスタ ーは、さまざまな反応に対して触媒作用を及ぼす。Li たち (p.864) は、レーザー蒸発法 により小さな金のクラスターを作成し、Au20 クラスターはこれまでとは逆の 傾向を見出した。Au20 クラスターは、極端に広いエネルギーギャップと 、C60 と同程度の電子親和性を有している。これは、Au20 クラ スターは非常に安定で反応性の低いであろうことを示唆している。密度汎関数法による計 算は、Au20 クラスターは、大きな表面積を有する四面体構造であることを示 唆している。(Wt,Nk)
Au20: A Tetrahedral Cluster
   Jun Li, Xi Li, Hua-Jin Zhai, and Lai-Sheng Wang
p. 864-867.

カーボントンネル効果による化学反応(Chemistry via Carbon Tunneling)

化学反応は古典的理論で多くの成功を収めてきた。量子論では原子から離れた場所にも波 動関数は存在する。量子的化学反応の例が水素原子のトンネル効果の形で多数見つかって きた。水素よりもっと重い炭素原子のような場合には、1,3-シクロブタジエンの automerization(縮退再配置)の例が知られているだけである。Zuev たち(p. 867; McMahonによる展望記事も参照)は、8 kelvinにおいて熱励起なしに炭素原子のトンネル効 果による1-メチルシクロブチルフルオロカルベン(1-methylcyclobutylfluorocarbene)の 光誘導性の環の拡大が実験的理論的に確認された。このシングレットのカルベン異性化は 反応物の最低振動準位で進行する。(Ej,hE)
CHEMISTRY:
Chemical Reactions Involving Quantum Tunneling

   Robert J. McMahon
p. 833-834.
Carbon Tunneling from a Single Quantum State
   Peter S. Zuev, Robert S. Sheridan, Titus V. Albu, Donald G. Truhlar, David A. Hrovat, and Weston Thatcher Borden
p. 867-870.

穴と穴をつなぐ(Connect the Holes)

宇宙における磁気的再結合は、磁力線が交差し、折れ曲がり、そしてつなぎ替えられる過 程であり、通常その結果として再結合領域からの高エネルギープラズマ・ジェットの噴出 が起きる。再結合速度とジェット中に放たれるエネルギー量については、以前から、よく わかっていなかった。Drakeたち(p. 873; Hoshinoによる展望参照)は、粒子スケールの プロセスをシミュレートし、電場の乱れがホール(電子密度と電位が減少している直径が 0.5〜5 kmの領域)を誘発することを発見した。ホールの発達は、再結合速度を促進し地 磁気圏中のプラズマ・ジェットのいくつかを説明するのに十分なエネルギーを提供する 。このプラズマ・ジェットは極軌道衛星によって観測された。(hk,Nk)
SPACE PHYSICS:
Coupling Across Many Scales

   Masahiro Hoshino
p. 834-835.
Formation of Electron Holes and Particle Energization During Magnetic Reconnection
   J. F. Drake, M. Swisdak, C. Cattell, M. A. Shay, B. N. Rogers, and A. Zeiler
p. 873-877.

結晶格子中の酸素原子を見る(Resolving Lattice Oxygen Atoms)

酸素原子の電子散乱係数はきわめて弱く、通常の高解像透過電子顕微鏡では解像できない 。収差が更正された新世代の顕微鏡を利用することで、Jia たち(p. 870; Spenceによる 展望記事参照)は負の球面収差係数を利用した結像法を開発した。これを用いて誘電体の SrTiO3中、および、高温超伝導物質 YBa2Cu3O7中の酸素原子の解像に成功した。酸素原子 の柱状配列中の定量的な差異が局所的な化学量論的(stoichiometry)差異情報となって表 れ、これが物性に大きな影響を及ぼしている。(Ej,hE,Tk)
MATERIALS SCIENCE:
Oxygen in Crystals--Seeing Is Believing

   John C. H. Spence
p. 839-841.
Atomic-Resolution Imaging of Oxygen in Perovskite Ceramics
   C. L. Jia, M. Lentzen, and K. Urban
p. 870-873.

エルニーニョは耐えられるか?(Can El Nino Take the Heat?)

果たして、地球規模の温暖化はエルニーニョ南方振動(ENSO: El Nino-Southern Oscillation)の永続的な発生につながるのだろうか。この疑問にこたえるためにはENSOの 直接的な観察記録では短すぎる。HuberとCaballeroは(p. 877)、極度のグローバル温暖化 期間(extreme global warmth)すなわち5500万年前から3500万年前の始新世における気候 モデルとデータを組合せ、熱帯地域の安定性と、高温の世界における気候変化に与える役 割の理解を試みた。彼等は、大気中のCO2濃度を産業発達以前の値を2倍に (21世紀末頃に予測される数値)でシミュレーションを行い、現代にくらべ、極地や深海の 温度が5度から13度ほど暖かく、熱帯地方では殆ど変化しない、との計算結果を得た 。ENSO振動は温室効果ガス濃度や深海温度、古地理学上の大規模な変化に対して影響を受 けにくい特徴を持っている。(Na)
Eocene El Niño: Evidence for Robust Tropical Dynamics in the "Hothouse"
   Matthew Huber and Rodrigo Caballero
p. 877-881.

海洋脂質の秘密を暴く(Unmasking Marine Lipids)

海洋表面下の40%未満の粒子状有機物質は分類されているが、然しながらこれらの物質の 同定は海洋有機物質がどのように循環しているかを理解するうえでのキーとなる一つであ る。HwangとDruffel(p. 881)は、未同定成分の代表的物質である酸不溶の粒子状有機炭素 分画物が脂質分画物のそれと類似の13Cと14Cの特徴を示し、更に 脂質様の高分子からなることを見い出した。(KU)
Lipid-Like Material as the Source of the Uncharacterized Organic Carbon in the Ocean?
   Jeomshik Hwang and Ellen R. M. Druffel
p. 881-884.

遺伝子組み換え作物のあたたかな側面(The Warmer Side of GM Crops)

遺伝子組み換え(genetically modified:GM)作物に関する危険性と利益面のバランスに関 する議論は、往々にして発展途上国や熱帯性の国の様々な環境が考慮されていない 。QaimとZilberman(p. 900)は、インドにおいて綿の実を食べるワタノミノムシへの耐菌 性を与えるためにBacillus thuringiensis(Bt)由来の遺伝子を発現させた綿に関する野外 試験の結果を解析した。この試験的データ解析から、毒性の化学殺虫剤の使用減少による 金銭面と生態面での重要なる利点を示しており、更により大きな収穫量の増大という明白 な事実であった。熱帯性気候という害虫への大きな被害と、普通以下の経済状況という財 政上の制限にもかかわらず、より温和な気候条件下で得られる以上の大きな収穫量面での 差異へ導いた。(KU)
Yield Effects of Genetically Modified Crops in Developing Countries
   Matin Qaim and David Zilberman
p. 900-902.

GUNのもとでのクロロプラスト合成(Chloroplast Synthesis Under the GUN)

植物細胞の光-変換エネルギー工場であるクロロプラストは、タンパク質の複雑な集合体 であり、その一部分のみがクロロプラストゲノム中に実際にコードされている。核および クロロプラストはしたがって、核遺伝子が発生シグナル、環境シグナル、および逆行性シ グナルに反応してクロロプラスト分化を制御し、一方でクロロプラストは多くの核の光合 成遺伝子の適切な発現のために必須であるという、非常に協調性な対話を行っている。核 によりコードされるが、しかしプラスチド(細胞質遺伝子)中に残存するGUN4タンパク質 は、クロロフィル合成に対して重要である。Larkinたち(p. 902)はここで、GUN4が 、Mgキレーターゼ(chelatase)酵素に対するその作用によって、クロロフィル生合成に おける中間体のMg-プロトポルフィリンIX(Mg-プロト)の合成を制御することにより機能 していることを見いだした。(NF)
GUN4, a Regulator of Chlorophyll Synthesis and Intracellular Signaling
   Robert M. Larkin, Jose M. Alonso, Joseph R. Ecker, and Joanne Chory
p. 902-906.

肝臓病との闘い(Combating Liver Disease)

自然にまたは治療的に肝臓を保護することが、2報の論文の焦点となっている。内皮細胞 (EC)は、かつて、主として組織に対する栄養および酸素の供給において機能していると 考えられたが、しかし最近では、ECが、血流ができあがる前の脊椎動物胚において期間発 生を誘導する因子を分泌することも示された。マウスモデルを研究することにより 、LeCouterたち(p. 890;DavidsonとZonによる展望記事を参照)はここで、ECが、新規 の血管増殖におけるそれらの役割とは無関係な成体肝臓における保護的機能を有している ことを示す。血管内皮増殖因子受容体-1(VEGFR-1)の活性化に反応して、ECが、肝臓損 傷モデルにおいて肝細胞増殖を刺激しそして組織損傷を減少させる肝細胞増殖因子を含む 、いくつかのタンパク質を分泌することが示された。B型肝炎ウィルスの慢性症状を治療 する際の有効な薬物を求める研究においては、ウィルス生理学の新しい性質を標的とする 薬物候補を見つけることが重要である。Deresたち(p. 893)は、化合物、Bay 41-4109に ついて記載するが、これはウィルスのヌクレオカプシドの成熟を阻害することにより作用 するようである。(NF)
Inhibition of Hepatitis B Virus Replication by Drug-Induced Depletion of Nucleocapsids
   Karl Deres, Claus H. Schröder, Arnold Paessens, Siegfried Goldmann, Hans Jörg Hacker, Olaf Weber, Thomas Krämer, Ulrich Niewöhner, Ulrich Pleiss, Jürgen Stoltefuss, Erwin Graef, Diana Koletzki, Ralf N. A. Masantschek, Anja Reimann, Rainer Jaeger, Rainer Groß, Bernhard Beckermann, Karl-Heinz Schlemmer, Dieter Haebich, and Helga Rübsamen-Waigmann
p. 893-896.
BIOMEDICINE:
Love, Honor, and Protect (Your Liver)

   Alan J. Davidson and Leonard I. Zon
p. 835-837.
Angiogenesis-Independent Endothelial Protection of Liver: Role of VEGFR-1
   Jennifer LeCouter, Dirk R. Moritz, Bing Li, Gail Lewis Phillips, Xiao Huan Liang, Hans-Peter Gerber, Kenneth J. Hillan, and Napoleone Ferrara
p. 890-893.

血液循環に残る(Staying in Circulation)

組換え型タンパク質または天然タンパク質の翻訳後修飾あるいは化学修飾によって合成さ れたタンパク質医薬は不均一なので、薬効項の最適化が困難である。Kochendoerferたち (p. 884)は、完全化学合成を用い、合成赤血球形成タンパク質(synthetic erythropoiesis protein (SEP))を合成した。SEPは、限定した共有結合性構造をもつ修飾 したタンパク質である。SEPは、エリスロポエチン(Epo)という糖タンパク質ホルモンのよ うに、ポリペプチド鎖をもつが、Epoにおける2つないし4つの糖鎖形成部位と異なって 、2つの共有結合的に付着している負荷電の高分子部分をもつ。SEPは、Epoと同様に赤血 球形成の生体内作用強度を表したが、血液循環に残る期間はEpoより2倍以上長かった 。(An)
Design and Chemical Synthesis of a Homogeneous Polymer-Modified Erythropoiesis Protein
   Gerd G. Kochendoerfer, Shiah-Yun Chen, Feng Mao, Sonya Cressman, Stacey Traviglia, Haiyan Shao, Christie L. Hunter, Donald W. Low, E. Neil Cagle, Maia Carnevali, Vincent Gueriguian, Peter J. Keogh, Heather Porter, Stephen M. Stratton, M. Con Wiedeke, Jill Wilken, Jie Tang, Jay J. Levy, Les P. Miranda, Milan M. Crnogorac, Suresh Kalbag, Paolo Botti, Janice Schindler-Horvat, Laura Savatski, John W. Adamson, Ada Kung, Stephen B. H. Kent, and James A. Bradburne
p. 884-887.

NOがあれば、ミトコンドリア増加(NO, More Mitochondria)

多様なストレス要因、例えば冷状態、の応答として、体が付加的なミトコンドリアを生成 できる。ミトコンドリアはエネルギーを生成する細胞小器官である。Nisoliたち(p 896; Brownによる展望記事参照)は、一酸化窒素(NO)がこの過程において役割を果たすことを発 見した。ブラウン脂肪細胞および株化細胞において、ミトコンドリアの生成はNOによって 刺激された。この結果と一致して、内皮のNO合成酵素を欠失した組換えマウスが重量増加 と代謝速度低下を示した。(An)
CELL BIOLOGY:
Enhanced: NO Says Yes to Mitochondria

   Guy C. Brown
p. 838-839.
Mitochondrial Biogenesis in Mammals: The Role of Endogenous Nitric Oxide
   Enzo Nisoli, Emilio Clementi, Clara Paolucci, Valeria Cozzi, Cristina Tonello, Clara Sciorati, Renata Bracale, Alessandra Valerio, Maura Francolini, Salvador Moncada, and Michele O. Carruba
p. 896-899.

鉄を通り抜けさせる(Getting Iron Through)

黄色ブドウ球菌などのグラム陽性病原体は、ヘムを合成することができるが、それらにと っては、宿主から鉄とヘムを奪い取るほうがずっと効率的である。Mazmanianたちは、細 胞壁外被を通してヘム鉄を移入する手段について調べた(p. 906)。細胞外ヘモグロビンの ヘム鉄に結合し、細菌の細胞質に移すのに必要なタンパク質因子をアンカーするためには 、一対のsortase(細胞壁結合タンパク質の表層提示に必要な酵素)が重要であった 。(KF)
Passage of Heme-Iron Across the Envelope of Staphylococcus aureus
   Sarkis K. Mazmanian, Eric P. Skaar, Andrew H. Gaspar, Munir Humayun, Piotr Gornicki, Joanna Jelenska, Andrzej Joachmiak, Dominique M. Missiakas, and Olaf Schneewind
p. 906-909.

癌の研究で魚を追い求める(Cancer Research Goes Fishing)

透き通ったゼブラフィッシュは、長いこと脊椎動物の発生を制御するかなめとなる遺伝子 を同定するために用いられてきたが、いつの日か、癌を導く遺伝的経路の研究にとって価 値あるモデルとなる可能性がある。この目的に向けた重要なステップが、Langenauたちに よって記述された(p. 887)。彼らは、マウスのc-Myc発癌遺伝子を発現する遺伝子組換え ゼブラフィッシュを作り出したのである。この遺伝子組換えを受けた魚は、胸腺に生じて 広く広まっていくT細胞白血病を発現したが、この過程は蛍光性マーカーの助けを借りて 、その魚で直接的に可視化することができたのである。この魚は、いまや癌の発生を増強 あるいは抑制する変異を同定するためのゲノム全体に対するスクリーニングに用いること ができるし、抗癌性の活性を有する小さな分子をスクリーニングする際にも有効かもしれ ない。(KF)
Myc-Induced T Cell Leukemia in Transgenic Zebrafish
   David M. Langenau, David Traver, Adolfo A. Ferrando, Jeffery L. Kutok, Jon C. Aster, John P. Kanki, Shuo Lin, Ed Prochownik, Nikolaus S. Trede, Leonard I. Zon, and A. Thomas Look
p. 887-890.

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