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Science September 24, 1999, Vol.285


ある場面における重力(The Gravity of the Situation)

カリフォルニアのロングバレーカルデラは、約73000年前の突然の 大噴火により形成された、巨大なほぼ円形に崩壊したマグマ溜まり の頂部である。マグマ溜まりには今日もマグマが供給されつづけて おり、そしてその地域では、マグマ作用あるいは熱水作用(高温のマ グマ溜まりによる局地的水系の加熱)の活動による地表や地表下の変 形のパターンが観測されてきた。Battagliaたち(p.2119)は、熱水 作用の活動とマグマ作用による活動の進行を区別するために、地表 変形の計測に加えて、1982年と1998年に実施されたロングバレー カルデラの広範囲な重力計測を用いた。彼等は、何度も復活するド ーム(resurgent dome)下約10kmにあるマグマの貫入に関係してい る正の残差の重力シグナルを発見した。これらの結果は、マグマ溜ま りの成長を評価したり、噴火の可能性を予測することに使うことがで きる。(TO,Nk)

マントルの希ガス(The Mantle's Noble Gases)

ネオンやキセノンのような希ガスを使って地球のマントルと大気との 間の進化や相互作用を解明することができる。なぜなら原子核プロセ スは、それらの同位元素の分布に特徴的な偏差(anomalies )を生み出 すからである。Caffeeたち(p.2115)は、コロラド、ニューメキシコそ して南部オーストラリアの井戸から得た二酸化炭素を豊富に含んだガス の同位体組成を計測した。彼等は、キセノン同位体比が地球の大気より 大きいこと、そしてそのくい違いの値は隕石中で計測された値と一致す ることを見つけた。彼等は、その希ガスは下層マントル源からもたらさ れ、それが形成された当時の、太陽と似た組成から実質的に脱ガス化し ていないこと、そしてこのマントル源は対流プロセスによる混合を受け ずにいたらしいことを提案した。それらの結果には、地球の年齢、大気 の形成時期そして我々の惑星のその後の進化を知るための重要な意味が 含まれている。(TO,Nk)

機械の中のRNA(RNAs Inside the Machine)

リボゾームは、生命に必要な触媒作用と構造上と情報伝達の機能を行い タンパク質に基づく機械に、核酸配列としてコードされた情報を翻訳す る細胞の実体である。細菌において、この実体は、複合体を形成してい る3つの異なるRNA分子と50〜60の異なるタンパク質分子からなり、 約250万ダルトンの質量をもつ(Liljasによる展望記事とPennisiによる 記事参照)。情報がメッセンジャーRNA(mRNAが基本的に、遺伝子の核 酸配列のコピーである)の形成として提供される。解読のキーが転移RNA (tRNA)分子によって提供されるが、tRNAは一方の端でmRNAと特異的 に結合し、もうひとつの端にアミノ酸を運ぶ。後に、このアミノ酸がペ プチド配列に構築される。Cateたち(p 2095;表紙参照)によって、リボ ゾームとtRNAとの結合相互作用の全体の7.8オングストローム画像が提 供されており、Culverたち(p. 2133)によって、最大RNA分子の配置の 詳細な分析が記述されている。(An)

細胞が大きければ大きいほど、ハエが大きい (The Bigger the Cell, the Bigger the Fly)

特異的な型の細胞は特徴的なサイズを維持するが、多細胞生物において は、この効果が器官あるいは動物の全体サイズに影響する。細胞分裂周 期の制御についての知識は蓄積してきてはいるが、細胞が細胞サイズを 制御する機構はよく理解されていない。Montagneたち(p 2126)は、翻 訳を制御する情報伝達経路が細胞サイズの制御に役割をはたすことを示 唆する証拠を報告している。哺乳類のp70リボゾームのタンパク質S6キ ナーゼの同族体であるDS6K欠乏のショウジョウバエは、成長が遅く、 サイズが正常のショウジョウバエの半分しかない。ハエのサイズの変化 は、細胞自律性のイベントであり、細胞の数が一定でありながら細胞の サイズが変化することを反映する。展望記事において、Leeversは、 DS6Kの活性を制御する因子でもあるインシュリン受容体からの情報伝 達によって細胞サイズが影響されるという最近の発見と合わせて考える こと、この結果は個々の細胞のサイズを制御する決定的な経路が定めら れつつあることを議論している。(An)

癌や自己免疫を抑制するものは? (Suppressing Cancer and Autoimmunity?)

ホスファターゼをコードするPten癌抑制遺伝子の突然変異によって偶発 性、及び遺伝性のヒト癌が生じる。Di Cristofanoたち(p. 2122)は、 Ptenにヘテロ接合性の変異を持つマウスがリンパ腫を発生すること、そ してFasやFasリガンドに不活性化の変異を持つマウスと同様の自己免疫 疾患にかかることを示している。Ptenヘテロ接合性マウスからのT細胞 及びB細胞はFas介在のアポトーシスを減少させる。このような結果は PtenがFas応答に関与していること、そして癌と同じく自己免疫のサプ レッサーとしての役割を果たしていることを示唆している。(KU)

分子を阻害する代わりに経路を阻害 (Inhibiting Pathways Instead of Molecules)

T細胞応答を制御する上で脱リン酸酵素のカルシニュリンが果たす医学的 に重要な役割の一つに、転写制御因子NFATの脱リン酸があるが、この NFATは脱リン酸の後、核内に移動し転写と細胞の活性化をスタートさせ ることができる。現在利用されている免疫抑制剤はカルシニュリンを抑制 し、その結果その全ての機能を抑制することから、現在知られているこの 薬剤の毒性をもたらしているのであろう。Aramburuたち (p.2129; Hagmannによるニュースストーリも参照)は、NFATが結合する カルシニュリン上の部位に強い親和力で結合するペプチドを同定すること によって、もっと特異的に機能するNFAT活性化経路阻害薬を作った。そ うすることで、2つのタンパク質の会合を阻止し、特に細胞内のNFAT経 路だけをブロックしている。この結果から、相互作用部位は特定の情報伝 達経路を特異的に阻害する標的として適しており、これによって新しい薬 物療法が可能になる。(Ej,hE)  

筋肉だ、運動だ!(It's the Muscles and the Motion)

一次運動皮質は運動に寄与しているのだが、このニューロンにコードされ ているのがいかなる特性かは、はっきりしていない。それらニューロンの 発火は、筋肉の活性化のパターンと相関しているのか、それとも空間内に おける意図的な運動の方向と相関しているのだろうか? Kakeiたちは、 一連の手首関節の運動について、これらのパラメータを分離できるよう、 一つの課題を設定した(p.2136)。この課題を遂行中のサルの運動皮質にあ るニューロンを記録することで、彼らは二つの主要なニューロン集団を同 定した。一つは、そのニューロンの活性が、外因性の空間座標への関係と は独立に筋肉の活性に結びついているようにみえるものであり、もう一つ は、ニューロンの発火が空間内での運動方向と密接に結びついているらし いものである。彼らは、このように、筋肉の表現および空間の表現の双方 がコードされていることを示唆しているのだが、実際の運動を導くために これらがどのように結びついているかをはっきりさせるには、より詳細な 研究が必要である。(KF)

新生児の遺伝子治療を考察する (Considering Neonatal Gene Therapy)

遺伝子治療法によるある種の疾患の処置では、場合によって胎児期での介 入が必要となる。そうした手続きを試みる前に、動物実験において十分な 成功がなされる必要がある。ZanjaniとAndersonは、造血性幹細胞の移 植による遺伝子の導入など、子宮内遺伝子治療法の最前線の状況をレビュ ーしている。付随する政策フォーラムにおいて、Sugarmanは、動物によ る研究から人間の治療に移行する場合に関係してくる倫理問題について、 論じている。(KF)

銅塩と量子臨界点(Cuprates and Quantum Critical Points)

古典的相転移は、温度と圧力の変化により決定される;臨界点の近傍で は、熱的ゆらぎが系の挙動を支配する可能性がある。量子的な領域では、 臨界点は温度およびエネルギーがゼロの極限において生ずる---実際は、 エネルギーと温度は可換となる。改良された分解能を持つ光電子放出ス ペクトルをで測定・解析する新しい方法を用いることにより、Valla た ちは、最適にドーピングされたビスマス高温超伝導体の銅塩における準 粒子励起を研究した。自己エネルギーの温度と周波数依存性および単一 粒子励起の挙動は、系は量子的臨界状態の挙動を示していることを示唆 している。(Wt)

分子と化石による推定年代のギャップ (Molecular and Fossil Gaps)

M. Foote たち(Reports, 26 Feb., p 1310)は、鍵となる系列の起源の 化石および分子年代の差異について述べ、化石系列における絶滅と保存 の割合を解析した。かれらの解析結果は、以前、分子データに基づいて 真獣類ほ乳類の起源から推論した年代とは異なる [S B. Hedges and S. Kumar, Nature 392, 917 (1998)]。Hedges と Kumarはこれにコメントして、「Footeたちのモデルはいくつかの決定 的な局面においてつじつまが合わない」し、再評価し、分子並びに化石 データをつじつまの合う形にしようと試みている。J. D. Archibaldは Footeたちの鍵となる初期の胎盤ほ乳類と思われるzhelestidsのグルー プの扱いと配置に関して疑問を呈している。最後に、T. H. Richたちは、 地理的に離れて、しかもほとんど化石が得られてない地域で進化した歯 冠グループ分類群が、分子と化石による年代推定が合致したものになる にはオーストラリアで最近発見された化石が有用かもしれない。これに 応えて、Footeたちはzhelestidsの解析と処置の正当性を主張し、化石 が見つかったところで、そしてそれが受け入れられたとしても、多くの 系統のギャップを説明するには不十分であろうと議論している。彼らは、 「HedgesとKumarの補正を認めるとしても、化石と分子記録のギャップ は信じられないほどだ」と言っている。このコメントの全文は、以下を 参照(Ej,hE) :
www.sciencemag.org/cgi/content/full/285/5436/2031a

完全に(?)静寂な風景 (A (Not Quite) Perfectly Still Landscape)

マーズパスファインダーはアレス谷(Ares Vallis)の巨石のごろごろして いる地区に着陸し調査した。岩と地表の形態から、現在の景観はおよそ 20億年前の破局的な洪水と粉塵嵐により形成され、その後はわずかな変 化しか起きなかったと示唆されていた。Horzたちは(p. 2105)、あるひと つの岩(Stimpy、漫画の主人公の名前)に直径およそ25cmの衝撃により 形成されたクレータを確認し、他の岩(Chimp、Book End、Flat Top、 YogiやFrog)に見られる割れ目や角状の形も小規模の衝撃によるものと示 唆している。著者は、火星大気に突入し小規模のクレータや割れ目を形成 した鉄とコンドライトで出来た隕石の大きさと速度の現実的な範囲を計算 した。このように、AresVallisの漫画のキャラクターのような形をした 岩に変化を与えるようなダイナミックなプロセスは現在も続いているよう である、これらの小規模な地形特徴は現在と過去の火星の環境をよりよく 理解させてくれる。(Na,Nk,Tk)

電荷密度波と欠陥(Charge Density Waves and Defects)

臨界点付近では対称性や次元数、あるいは不規則性が決定的役割を果たす こと知られている。多くの金属性の系は電荷密度波(CDW)の存在を示す。 これは、系のエネルギーと対称性の両方を低下させる原子価電荷密度の変 調現象である。Weitering たち(p.2107)は、ゲルマニウムの(111)面上の スズのオーバーレイヤーによって形成される二次元CDW に対する欠陥の効 果を研究した。この層は3回回転対称軸を持つドメインを形成する。点欠陥 (オーバーレイヤー中のスズのゲルマニウムによる置換)は、CDW を特定の 方向に「ピン留め」することが判った。更に欠陥の分布は統計的分布ではな いことから、欠陥は移動しCDW開始温度を調節していることを示唆してい る。このようなホッピングは原子が移動可能となる温度よりかなり低い温度 で発生する。これは、CDW の形成はこのような運動に対する障壁を下げる ことを示している。(Wt)

ポリエチレン合成のミクロな操作 (Micromanaging Polyethylene Synthesis)

エチレンや他の低分子アルケンの重合には、長い間ジルコニウムやチタンと いった前期遷移金属からなる触媒が使用されていた。Kageyamaたち (p. 2113;LehmusとRiegerによる展望参照)は、メソポーラスなシリカファ イバーのナノメートルスケールのチャンネル内にチタン化合物(メタノセン)を 含有させ、補助触媒としてメチルアルモキサン(MethylAlumoxane)を用いる と超高分子量(6百万以上)のポリエチレンが得られることを示している。この ポリエチレンは直径30ないし50ナノメートルのフィラメント状にチャンネル から押し出され、極めて規則的な、そして伸びた鎖状の結晶を形成している。 (KU)
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