[前の号] [次の号]

Science July 18, 1997, Vol.277


Ras活性化の構造上の手がかり(Structural clues to Ras activation)

小さなグアノシン・トリフォスファターゼ (guanosine triphosphatase: GTPase)である Rasは細胞増殖を制御する情報伝達系の重要な成分であり、ヒトの腫瘍の多くにはRasの発 癌性変異が見られる。Rasを不活性化するためには、結合したGTPをグアノシン・二リン酸 (GDP)に加水分解することが必要であり、この加水分解反応はGAP(GTPase活性加水タンパ ク質)と呼ばれるタンパク質により刺激される。Scheffzekたちは、(p333、表紙とP329の Sprangによる展望参照) p120GAPとして知られるGAP内のGTPase活性化ドメインと結合した ヒトH-Ras-GDPの三次元結晶構造を示した。この構造によると、GAPがRasによるGDPの加水 分解を増強するメカニズムを明らかにした。この構造の分析で、Rasの発癌性変異はGAPに 非感受性で、結果として制御出来ない細胞増殖につながる活性化状態を保つ理由を示して いる。(Na)

あまりに熱くて簡単には扱えぬ(Too hot to handle easily)

高温における水や他の分子のスペクトルは、分光学的解析に対する標準の 摂動論を用いて解釈することはもはや不可能である。このような事態はは、 例えば、天文学で発生するスペクトル同定問題の際現れる。Polyanskyたち (p.346; Okaによる展望(p.328)を参照のこと)は、正確な変分法を用いる ことにより、太陽黒点中の水において観測されてきたような、高温の水の スペクトルを非常に正確に同定することができ、以前同定できなかった 多くのバンドの同定が可能となることを示している。(Wt)

エウロパの薄い電離層(3.Europa's tenuous ionosphere)

エウロパの周りの大気の何らかの兆候を見出すために、木星系へ向かう旅程に おけるガリレオ宇宙船とエウロパとの三回の掩蔽現象(ある天体が他の天体に より覆い隠されること)が用いられた。このエウロパは木星を周る第2の ガリレオ衛星である。Kliore たち(p.355) は、この掩蔽により薄い電離層を 測定した。かれらは、この電離層はエウロパの氷からなる表面への粒子衝突に よって生成されたと考えている。もし、大気中に O2 や H2O が豊富ならば、 大気の温度は絶対温度 340°程度に高い可能性があり、これは氷の表面温度 よりもはるかに高い。従って、衛星の大気は、木星の磁気圏によって極端に 暖められている可能性がある。(Wt)

見えない極風(Invisible polar wind)

極風は地球の両極から地球近傍のプラズマシート(磁気圏)への磁場からの プラズマの流出である。極風の中のイオンは低密度であるため、その分布と起源 についての測定を困難にしているが、両極を軌道とする宇宙船POLAR号は 特別に設計されたプラズマ・イオンカウンターを搭載し困難を克服した。 Mooreたち(p.349)は、O+がより豊富で磁束と温度も予測より高いことを発見した。 これらの測定結果は、磁気圏とプラズマ・フローの起源と磁気あらしとオー ロラに対する影響を理解するために利用されていたモデルの再分析を必要と するものである。(Na)

南半球を忘れないで(Forget not the south)

過去一世紀間の地表気温の上昇のパターンは、温室効果ガスの増加や、 エアロゾルや火山の爆発、そして都市部の増加などと言った様々な原因に よる気温上昇の相対的効果を評価する情報となっている。Easterlingた ち(p.364) は、南半球を含む日々の最高最低温度記録の傾向を拡張解析した。 その解析によると、日々の温度範囲(最高温度と最低温度の差)は、 1950年から 1993年にかけて減少しているが、その主な原因は、最高 温度よりも最低温度の上昇率が高かったためである。また、データに よると、都市化は気温の記録にはほとんど影響してないように見える。 (Ej)

酵母におけるプリオンに似た伝播(Prion-like propagation in yeast)

プリオンは、異常な構造を有し、その構造を正常な構造を有する同じ型の他の 分子に与える能力をもつタンパク質だ、と考えられている。ある種のタンパク 質における病原性を有するそうした構造の伝播が、人間や他の動物における 病気の原因であるらしい。酵母は、アミノ酸合成の終了に関与し、遺伝的に プリオンのようにふるまう、Sup35という名で知られるタンパク質をもって いる。Paushkinたちは、Sup35が変化させられてできた構造が、試験官内で 何世代かにわたって伝播しうることを報告している (p. 381。また、p. 314のVogelによるニュース記事も参照のこと)。 この結果は、酵母と哺乳類のプリオンの性質が類似していることを示しており、 その種のエージェントの伝播が「タンパク質だけによる」という仮説を支持 するものである。(KF)

娘からのメッセージ(A daughter's message)

細胞分裂後、細胞が別の表現型をもつことはどのように起るか。 酵母において、母細胞が、娘細胞と異なって、 交配型を切り換ることが できることがひとつのよく研究された例である。 分子のレベルでは、この差異が母細胞におけるHOエンドヌクレアーゼの 選択的転写のためであるが、この選択的転写は、娘細胞において、 Ash1pというHOの転写リプレッサの選択的蓄積のためである。 Longたちは(p. 383)、Ash1pタンパク質の蓄積の原因は、ASH1 メッセンジャーRNAが娘細胞へ非対称的に分布されていることであるを 示している。今まで、メッセンジャーRNAの非対称的分布が高等真核生 物細胞の中のみに観察されたので、今回の酵母の中の観察は、この遺伝子 制御機構に古代の起源があることを示唆している。(An)

アポトーシスとアルツハイマー病(Apoptosis and Alzheimer's)

種々の証拠から、アポトーシス(プログラム細胞死)とアルツハイマー病との 関係があることが示唆されている。 早発生家族性アルツハイマー病が、プレセニリン1と2(PS1とPS2)の突然変異と 関連している。神経芽細胞腫と神経膠腫の株化細胞においてアポトーシスが 誘発されること、あるいはPS1とPS2が過剰発現されることにすると、 この遺伝子が異常な部位で切断される。 Kimたちは(p. 373)、タンパク質分解酵素のcaspase-3ファミリーに属する 阻害剤によって、この異常な切断を遮断できることを示している。 PS1とPS2の変異体を発現している細胞において、高濃度の異常が観察された。 この異常な切断生成物のため、細胞がアポトーシスに対して感受性になる 可能性があるが、アミロイド前駆物質の生成を増加し、それによって アポトーシスを促進し、アルツハイマー病の病理学へ導く可能性もある。 (An)

ショッキング結晶化(9.Shocking crystallization)

隕石が衝撃により親の天体から放出されたとき、隕石は衝撃による高温高圧を 経ている。Sharp たち(p.352)は、Acfer 040 というサハラで発見された通常の コンドライトの一つに観られる衝撃による溶融した岩脈を解析した。 これらの岩脈中の粒子のTEM(透過型電子顕微鏡)とX線回折による研究は、 MgSiO3-チタン鉄鉱(イルメナイト) が発生したことを示している。 MgSiO3-チタン鉄鉱(イルメナイト)は、どのような自然の標本の中にも 見出されてこなかったものであり、典型的な地球型の出発組成として予測 されてきた液相中でも見出されていない。著者たちは、この相は衝突における 高圧下(25 GPa以上)で形成され、地球の下部マントルの未だ観測されていない 相の類似物を表している可能性があると示唆している。(Wt)

星雲中の硫黄(Sulfur in the solar nebula)

コンドライトは、原始太陽系星雲からの成分を反映している思われる コンドルール(球状粒子)を含んでいるが、普遍的に存在する硫化 鉱物も含んでいる。Laurettaたち(p.358)は、太陽系起源と同じ割合のFe-Ni合金の 隕石を硫化水素に富むガス中に置き、コンドライトと類似の形態と成分を持つ硫化物 を合成した。彼らによれば、ある種の隕石性硫化物は太陽系星雲から からの凝集物である可能性があり、これらの相が出来たときの温度のトレ ーサとして使えるかも知れないと示唆している。(Ej,Nk)

深みを流れる水(Waters running deep)

深い層での海流は、海洋表面近くの海流の様子ほどには理解されておらず、 その結果、海流のパターン全般の理解が不確かなものになっている。 Lozier(p.361)は、最近まとめられた海流に関するデータベース中のデータを分析し、 北大西洋における深い層での海流のパターンの存在と、それが風による表層で の海流のパターンとは、大きく解離していることとを明らかにした。 こうした水の再循環のパターンは、気候における異常現象の分布に影響を 与えている可能性があるので、モデルを構築する研究においては、考慮に いれられねばならない。(KF)

阻止して入る(Blocking and entering)

ポリケチド(polyketide)には沢山の重要な薬剤が含まれている。菌の耐性に対抗する 場合のように、新薬を作る必要性に対しては、ポリケチド合成(PKS)経路を 修飾することを目指すこととなる。Jacobsenたち(p.367)は、このような分子が、天然由来の物で あろうと合成の物であろうと、生体内のPSK経路に導入しうる事を示した。 彼らは、エリスロマイシンの親分子を合成する 6-deoxyerythronolideB 合成酵素 によって実行される最初の濃合工程を阻止した。そして次に細胞浸透性 N-アセチルシステアミン・チオエステル(N-acetylcysteamine thioester) を経路中に導入することが出来たがこの物質は、それに続く段階の基質と して受け入れられた。 細菌の化学的経路において、予期せぬ取り込みパターンがいくつか観察されたが、 これはこのような合成手法は多様な化合物を作るのに利用できると思われる。 (Serviceによるニュースストーリp.319を参照)(Ej,hE,Kj)

CD1の構造から見た洞察(Insights from CD1's structure)

抗原提示分子であるCD1は、免疫系の主要組織適合複合体(MHC)分子と遠縁の 分子ファミリーである。Zengたち(p.339)は、CD1を結晶化させ、その配列と構造の比較 から、これがMHCクラス1とクラス2複合体に関連しているし、かつ、分岐も していることを示した。この構造は、ペプチド結合溝に関連している領域が、 より広くて、より大きな疎水性を持ち、そして、より小さな極性と荷電グループ を持っていることで特異的である。CD1の形状と結合溝の疎水性は、ヒトの CD1bとCD1cがミコール酸やlipoarabinomannans(リポ多糖の1種)のような 放線菌の細胞壁抗原性を示すことと矛盾しないし、そのことから、抗原提示 システムの多様性を説明しうる。(Brennerによる展望p.332を参照)(Ej,hE,Kj)

細胞死へのチャネル(Channels to cell death)

細胞における分子の中には、細胞死(アポトーシス)の誘発できる分子および 生存の促進できる分子がある。 タンパク質のBcl-2ファミリーは、両方できる分子を含んでいる。 Antonssonたち(p.370)は、細胞死を促進するタンパク質Baxは、 平面の膜においてpH依存性と電位依存性チャネルを形成するこができ、 培養で外因的に適用されると、ニューロン死を引き起すこともできることを 発見した。 Bcl-2という抗アポトーシス性タンパク質をアッセイに添加することによって、 この2つの性質を抑制できる。 Baxに形成されたチャネルは、Bcl-2のチャネルと異って、生理的pHで 機能的である。このタンパク質がミトコンドリア内に見つかれることと、 ミトコンドリアがアポトーシスに決定的であることのため、 チャネル形成が細胞死の制御に重要である可能性がある。 (An)

知ることと行なうこと(Knowing and doing)

人間の記憶システムに対しては、宣言的な(事実ベースないしイベントベースの) 記憶と手続き的な(学習された能力としての)記憶という、基本的な分け方が ある。 意味的(事実の)記憶とエピソード的(イベントの)記憶については、それぞれが 異なった解剖学的システムに依存しているのかどうか、今まではっきりしていな かった。Vargha-Khademたち(p.376)は、早い時期に両側性の海馬の損傷を受けたにも かかわらず、それなりに読み書きを修得した3人の患者について報告している。 彼らの読み書き能力にかなりの貢献しているのは、残された意味的記憶である らしい。日付や会話の内容などの日常のイベントを彼らは思い出すことが できない、ということから明らかなように、彼らの海馬は健忘症状態にある わけだが、それにもかかわらず、残された意味的記憶は、機能し続けてきたに 違いないというわけだ。(Eichenbaumによる展望記事を参照)(KF)

遺伝子情報利用制限

クリントン大統領は、ヒト遺伝子データの誤用を避けるために、議会に 対して、個人の遺伝子に基づく差別を禁止する法律を通すよう訴えた、と MarshallはScienceニュースで報告している。 クリントン大統領は、保険会社が、ある個人が遺伝的に発病の危険性のある 遺伝子を持っているからといって差別する事を禁止したい、と言った。 彼はそのために立法化する超党派委員会に力を注ぎたいと言う。(Ej)

レーザー研究施設

J.Glanzは、Scienceニュースで、国立点火施設(National Ignition  Facility)について報告している。NIFは核燃料の微粒子に、192本の 世界最強のレーザの照準を合わせて核爆発のシミュレーションを行う ことを意図している。これは、カリフォルニアのローレンス・リバモア 研究所に建設される予定である。12億ドルの施設は科学に基づく 核兵器保有量責任:つまり、核弾頭を実際に破裂させることなく、 老朽化している核保有量をモニターし、評価するプログラムである。 しかし、批判する人たちは、NIFの兵器への関連性と、その技術的な最終 目標に疑問を呈している。(Ej)
[前の号] [次の号]