[前の号] [次の号]

・・・
Science May 16, 1997, Vol.276


プリオン病モデルにおいて、病気を遅らせる(Delaying a model prion disease)

プリオンタンパク質(PrPres)のタンパク質分解酵素耐性型は、ヒトのクロイツフェルト-ヤコブ 病 に関与していると考えられており、これはウシの海綿状脳症が、最近、ヒトの集団に伝播したものと 見られている。このPrPresは、アミロイドタンパク質に類似した構造を持っている。 ドキソルビシン誘導体であるIDXは、以前から、異なった種類の癌患者の処置に使われ、アミロイド 線維に強く結合することが示されてきた。 シリアンハムスターに脳物質を注入して誘発させた実験的スクラピーであるプリオン病のモデル において、Tagliavini たち(p. 1119)が示したところによると、実験動物が同時にIDXで処置され た場合は、病気の症状は遅延する。(Ej,Kj)

可逆的な書き込み(Reversible writing)

強誘電性材料は、その特徴的な分極場を反転することが可能であり、回路への電力を遮断したのちも分極 場は保持されるため、デバイスを構成する上では興味深いものがある。Ahn たち (p. 1100) は、μm サイズの面積の様々な分極を、チタン酸ストロンチウム鉛とルテニウム酸ストロンチウムからなる高品質 のヘテロ構造に書き込みことができるを示した。金属で覆われた原子間力顕微鏡の先端を用いて、非接触 モード走査により局所的な電界を与えて、これらの強誘電体薄膜中の分極を変化させることができる。 (Wt)

飽和したX線レーザー(Saturated x-ray lasers)

実際的なX線レーザーの応用では、出力が飽和しており、その結果安定で最大の駆動パワーを産み出すこ とが求められる。X線を発生するプラズマのために用いられる多くの材料は、10nm以下の波長に対し て駆動用のレーザーパワーの急峻な増加が必要である。Zhang たち(p. 1097) は、7nmで駆動され る効果的な飽和サマリウムX線レーザーを示している。低い強度のレーザーによる前駆パルスを用いて、 主たる励起レーザーパルスに対して非常に均一なプラズマを生成している。(Wt)

より湿っていはいるが、果たして何時から(Wetter, but when?)

コンドライトは隕石中に見つかる物質中で最も原始的な物質の代表と見られて おり、炭素質コンドライトは、比較的まれな含水鉱物相のインクルージョンを 持っている。Brearley (p. 1103)は、高解像の透過型電子顕微鏡を使って、 7個のAllendeコンドルール中に存在する割れ目に沿って輝石を置換した、よりありふれて豊富な 含水相を見つけた。著者は、この水置換が、原始惑星系降着円盤が形成される以前の段階で出来 たのか、あるいは、コンドルールが隕石の母天体上に存在しているときに出来たのかを 論じている。(Ej,Nk)

ガリレオ衛星群の発電機構(Galilean Dynamos)

惑星探査機ガリレオに搭載の磁気計測器からのデータによると木星の衛星である イオとガニメデには固有の磁場がある事が分かった。Sarsonたち(p.1106)は、 二次元の磁気流体発電のシミュレーションを実行し、ガニメデの磁場がおそらく ガニメデ自身のダイナモ(発電機構)により起きていることがわかった。 この事はガリレオ衛星群の最大の星に内部対流があることを示唆している。 イオについて言えば、(内部の対流が表面に現れた現象とみなされているが) イオは火山活動が活発であり、また軌道がガニメデよりも木星に近いという こともあり、シミュレーションでは内部ダイナモと木星の周囲の磁場によるイオの 磁場の発電とを区別できなかった。(Ht,Nk)

Titinの剛性(Titin tightness)

横紋筋の成分で長さがミクロン単位の、Titinの個々の分子は筋肉の伸長に受動的な回復 力を提供すると考えられている。どのようにしてこの力が発生し、その力の強さはどのく らいか。Rierその他は原子間力顕微鏡を用い(p.1109)、またKellermayerその他はレーザ ーピンセットを用い(p.1112)、個々のtitin分子の特性の測定を行った(p.1090のErikson による展望参照)。直列に配列されている免疫グロブリン領域を段階的にほどくように分 子を25nm単位で引き伸ばし、伸長に対する力を測定したところ、毎秒1μmの伸長度の場合 数百ピコニュートンに達した。引っ張り力をゆるめるとエントロピー弾性を示し急速に再 び折りたたまれる。このデータを拡大すれば筋繊維全体の力の測定に適用出来る。(Na)

設計する(Laying down plans)

卵形成の早い時期に、RNA分子が卵母細胞の特定の領域へ局在化すると 脊椎動物の体型の基本軸が決定する。発生のより遅い時期に蛋白質に翻訳 されるまで局在化したRNA分子は静止状態になる。アフリカツメガエル (Xenopus)において、ある大切なRNA分子は中胚葉の発生を指示する成長 因子Vg1をコードする。Deshler たち(p. 1128; Etkin による観察参照 p. 1092)は、卵母細胞の植物極へのVg1 mRNAの 局在化には、Veraとよぶ蛋白質との相互作用及び 小胞体の特定の成分との関連が必要であることを示した。 (An)

細胞の貼付け(Cell stickers)

認識あるいは反応において珍しい官能基群を提示するために、細胞表面の オリゴ糖を化学修飾することができる。Mahalたち(p. 1125) が ケトングループを含むN-acetylmannosamineの非自然の誘導体を細胞に 導入した。細胞内において、ケトングループは細胞表面分子に代謝的に変換 された。ビオチン標識を細胞に付けるために、ケトンを利用できる。 それによってビオチンと結合するアビジンを付けたリチンA鎖を用いて、 選択的に細胞を致死させる標的化が可能になる。 (An)

オプティマイゼーションのオプティマイズ(Optimizing optimization)

物理や化学、工学の実際的な問題にはある最適化されたパラメータが必要である。グロー バルなオプティマイゼーションとはいくつかの変数による関数の最大または最小値を探す ことで、ある意味でハイカーがある山の最も低い谷を探すのに似ている。しかし、多くの 局所的に離れた谷は最も低い谷ではなく、真の最適値ではない場合が多い。 Barhebその他はグローバルオプティマイゼーションを導くアルゴリズムを報告した、すな わちterminal repeller unconstrained subenergy tunneling、またはTRUSTと呼ばれ、 決定論的で容易に実行可能。性能テストによれば、TRUSTは従来の方式に比べ高速で高精度で ある。著者は例として地震学の典型的な問題の解決に関する例を示している。(Na)

菌との戦い(Fighting fungi)

農業において、イネイモチ病菌の対策に巨大なコストや管理力がかかる。 Beckermanたちは、宿主であるイネ植物と菌細胞との相互作用の研究で、 ペプチドフェロモン が浸潤性の細胞の成長を制御することを示した。イネイモチ菌と遠い関係にある パン酵母の交配を制御するフェロモンもこれと同じ効果をまねることができ、 進化によって菌のフェロモン信号伝達経路が保存されていることを示している。 菌と植物との相互作用を制御するフェロモンの特徴が明確になると、 病の新対策が現れてくるであろう。 (An)

栄養分ネットワーク(Nutrient network)

ヒトのマラリア寄生虫 Plasmodium falciparum が赤血球を感染すると、 寄生虫の液胞膜から細胞の周辺まで広がる管小胞膜 (tubovesicular membrane (TVM))のネットワークを構築する。 今までTVMの機能は不明であった。Lauerらの研究によって、TVMネットの 構築を防ぐと、アミノ酸やヌクレオシドなどの小溶質の細胞外の培地から 寄生虫への運送も防ぐことが示された。寄生虫においてTVMが栄養分の 運送ネットの働きとしているようだ。(Vogel による記事参照) (An)

動物にも概日性遺伝子が

概日性を制御している分子が菌類のNeurosporaとショウジョウバエ 中に、 いくつか見つかった。そのひとつ、光反応遺伝子 wc-2 は最近の Scienceでも取り上げられたが、これがPASド メインを 含んでおり、PERを含む多くの転写因子中に見られる。PASが 概日性を制御 している因子であることを支持する2つの論文が、今週号の"Cell"の p.641, およびp.655に、Takahashiたちのグループによって追加され た。彼らの グループは実に精力的な仕事をこなしており、マウスの変異遺伝子の スクリーニングによって、25番目のマウスに目的の表現型;つまり 定常闇の中で、周期的な行動が伸びていくと言う現象、を見つけた。 この突然変異動物は最終的には定常闇の中でリズムを崩す。この座位を clockと呼ぶ。より詳しい研究によると、この対立遺伝子は、半優勢である と同時に反作用的であることから、予想される突然変異タンパク質は、正常 な野性型のclock遺伝子に干渉しているらしい。(Ej,Kj)

対流圏特集(Special issue on thropospheric processes)

地球の対流圏に関する論文が特集されている。まず、AndreaeとCrutzen(p.1052)は エアロゾルが大気中で、どのようにして気候に影響するかを論じている。 エア ロゾルは、雲生成の核となるから、太陽光線を反射する雲を通じて気象や 環境への影響が大きい。特に、硫酸塩と有機物の粒子に関しては生物起源の割合が大きく、 環境や生態系のパラメータに依存しており、その結果地球的な変化に よって影響されやすい。海水エアロゾルによる反応はハロゲン基の生成によって 沿岸地帯の酸化への影響が大きく、鉱物性エアロゾルに対する反応は窒素、硫黄や 大気中の酸化のサイクルに大きく影響する。 次に、大気汚染について、B.Finlayson-PittsとJ.Pitts Jr.(p.1045)は 汚染が局所的だけでなく地球規模で影響が見られるっと言う。揮発性有機化合物 (VOC)や、NOxが中心的な役割を果たす。昼間は水酸基(OH)が、夜はNO3が、そして オゾン(O3)は昼も夜も、影響の大きな物質である。ハロゲン原子も昼・夜ともに 影響が大きいばかりでなく、OH, NO3, O3は、その後の、空気中の毒性化合物生成や 突現変異芳香族、炭化水素や微粒子の運命決定に、にとっても重要である。 Kay(p.1043)は、対流圏の化学と輸送現象についてまとめている。それによると 酸化率は、水酸基(OH)によって大きく左右される。このOHは、局所的に光化学的に 平衡状態を保っているが、その状態は、オゾン、水蒸気、揮発性有機化合物、酸化窒素 などの微量成分依存する。また、拡散・移動による輸送プロセスがこれらの 微量成分ガスの濃度に影響を及ぼす。酸化と輸送のタイムスケールは大体 同じくらいで、その結果、両者は対流圏で連携作用(coupling)を示す。 とくに、輸送問題に特化して、Mahlman(p.1079)は議論を進めている。彼によれば 上層対流圏の現象によって多くの重要問題が支配されていると言う。 力学モデルを駆使して、いろいろな場所に輸送の障壁を設け、その影響 を評価した。他方、RoscoeとClemitshaw(p.1065)は、対流圏での化学測定方法 について詳述している。Kayの論文にも見られるように、ここでは微量成分の 果たす役割は大きいので、これらの分析技術の最近の進歩について紹介 している。 対流圏は気体から構成されているが、これに固相(地表)や液相(海面) 、そして、雨滴も少なからぬ影響を与えているとRavishankara(p.1058)が論 じている。ほとんどの場合、水は媒体としての働き以外に、反応物質と しての役割も持っていることが分かった。その他の物質、例えば、 硫化物、有機物、海水塩のエアロゾルなども、重要な働きをしていると 思われるが、データが十分でないのでその評価は十分でない。 対流圏における従来からの主要課題である、雲と気候の関係について、Baker(p.1072) が論じている。彼は、特にミクロな物理モデル(microphysics)を使い、 実測データを加えながらエネルギーの収支 バランスを計算した。例えば、氷粒子や液滴から構成される雲は長波長 の光により大きな影響を与えるが、人間活動によるエアロゾルは、この 雲の放射特性を変える。この雲からの降雨は更に大気中の水分を 変化させる、更に状態を変化させる。このモデルはミクロな物理的 取り扱いから進めているが 従来と最も異なる点は、降雨による大気の変化を考慮した点である。 その結果、条件よっては、局地的に大きく気象が変わり得ることが うまく表せるようになったが、それに伴い、気体、液体、個体から 構成される混相の雲を理解するには 気象学的データが大きく不足していることが明らかになった。(Ej)

天然の原子炉が採掘の危機に(Natural fission reactor threatened by mining)

西アフリカのジャングルにある天然の原子炉跡は、20億年前に自然に ウラニウムの核分裂反応が起きた跡として有名である。発見の きっかけは以上にひくいウラニウム235の比率にあった。ウラニウム235 が少ないとウラン鉱脈としては価値が低いが、大量に存在している ウラン中には十分な量のウラニウム235が残っており、経済価値が 十分ある。フランスとガボンの共同運営会社COMUFは、科学者達の 遺跡保存の要請を受けて、現在見直しに入っているが、最終判断 の基準は、この天然原子炉の価値判断にかかっている。(p.1019)(Ej)
[前の号] [次の号]