Science March 29 2024, Vol.383

大麦中のグラミン濃度の制御 (Controlling gramine levels in barley)

大麦や他の草に含まれる防御アルカロイドであるグラミンは、昆虫に対する化学的防御に重要であるが、反芻動物にとっては草の味を悪くしてしまう。畜産家にとっての重要な目標の1つは、グラミンを標的とする遺伝子操作を通じて、牧草の防御的機能と嗜好的機能の両方が維持される均衡点に到達することである。Diasたちは、オオムギの汎ゲノム配列解析を用いて、グラミン生合成のための2つの遺伝子に対する遺伝子クラスターを特定し、トリプトファンの謎めいた酸化的再配列を実行する酵素の特性を明らかにした。著者たちは、酵母、モデル植物、およびオオムギ品種のグラミン濃度を調節することができ、これにより、標的とするグラミン関連特性の最適化を目的とした合成生物学と遺伝子工学の統合の可能性を実証した。(Sk,MY)

【訳注】
  • 汎ゲノム解析:注目している機能に関係する遺伝子群を種内個体群や対象種群にわたって集め、それをもとに個体レベルや種レベルでの差異を解析するやり方。
  • 遺伝子クラスター:ある二次代謝産物(生物の細胞成長、発生、生殖には直接的には関与していない有機化合物)のほぼ全てを生合成する複数の酵素が、染色体上の1か所に集合してコードされている領域。
Science p. 1448, 10.1126/science.adk6112

2軸超延伸性ヒドロゲル (Biaxially super-stretchable hydrogels)

ヒドロゲルは通常、水で大きく膨潤する高分子の架橋網目で構成される。それらは個別の構造に応じて、通常1方向だけだが、大きな延伸に耐えることができる可能性がある。Chenたちは、弛緩状態で「真珠の首飾り」構造を形成するであろう高分子電解質ヒドロゲルを開発した。真珠領域は、架橋間に現れるが、高分子が延伸されると解ける分子鎖セグメントを多数含んでいる。この構造は、大きな面積ひずみに対してヒドロゲルが可逆的に2軸に延伸することを可能にし、また機械的損傷からの修復を可能にする。(MY,kj,kh)

Science p. 1455, 10.1126/science.adh3632

光電子放出の動態 (Dynamics of photoelectron emission)

物質格子による光の回折は、電磁放射の波動的性質に起因する。同様に、電子の波動性から、KapitzaとDiracは強力な光の定常波によって電子が回折されはずであると1933年に提案している。Linたちは、強力な定常波パルスを用いて、光電子波束の発生を検出するときに時間の次元を加えた。実証された動的Kapitza-Dirac効果の定常波を示す位相応答性は、超高速電子分光法の有益なツールを提供するはずである。(NK,kj,kh)

Science p. 1467, 10.1126/science.adn1555

ガスを排出するゴミ (Gassy trash)

メタンは二酸化炭素に次ぐ最も重要な微量温室効果ガスであり、人為的排出量が世界総量の半分以上を占めている。固形廃棄物を含む埋め立て地は潜在的に主要なメタン発生源であるが、その寄与度は十分に抑制されないままである。Cusworthたちは、航空機搭載画像分光計によって収集した、米国の野外埋立地の約20%からのデータを報告し、用地の大部分でかなりの排出点源が検出できることを示している。これらの結果は、埋立地からの排出をもっと監視して、気候変動緩和政策を導くのに役立てる必要性を強調している。(Sk,nk)

Science p. 1499, 10.1126/science.adi7735

ニューラル・ネットワークはどのように特徴を学習するか (How neural networks learn features)

ニューラル・ネットワークが問題固有の特徴(データ内のパターン)をどのように学習するか、また学習によって特徴がどのように現れるかは、機械学習における主要な未解決問題として残されている。さまざまな実用的応用に求められる、向上した信頼性とモデルの透明性とを備えたネットワークを設計する機会を、このメカニズムの理解が与える。Radhakrishnanたちは、深層ニューラル・ネットの特徴学習仮説を提案した。これは、ニューラル・ネットの特徴学習が、モデルの出力に大きな影響のある特徴の重みを増やすことで発生すると述べている。この仮説はまた、平均勾配外積の観点から数学的に定式化され、数値実験と理論的結果によって裏付けられた過程である。提示されたメカニズムは、さまざまな機械学習モデルに対し、誤差逆伝播法不要の特徴学習方法提供する。そして、これは、これまでそのような特性を持たなかったモデルにも適用できる。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 誤差逆伝播法:機械学習において教師信号と実際の出力信号との誤差を計算し、次に逆方向に伝播させて各層の重みを更新していくアルゴリズム。
Science p. 1461, 10.1126/science.adi5639

脳中の酸素を測定する (Measuring oxygen in the brain)

脳は、酸素の供給と需要を細かく均衡させて、常に組織への酸素供給を維持する必要がある。しかしながら、生理的状態にある脳組織の酸素分圧の動態に関する我々の理解はまだ限られている。Beinlichたちは、生物発光を用いた酸素濃度表示装置を用いて、マウスの脳のさまざまな部分の酸素分圧を高い空間的および時間的解像度で調べた。彼らは、一時的で空間的に限定された低酸素期が自然に発生することを見出し、この現象を「低酸素ポケット」と名付けた。さまざまな実験条件に対する反応の体系的な調査結果は、ランニングなどの身体活動が低酸素領域の発生を減少させることを示した。(Sk,kh)

Science p. 1471, 10.1126/science.adn1011

淡水の健全状態の監視 (Monitoring freshwater health)

淡水の健全状態の多くの側面は、周囲の集水域から水域に流入する溶解有機物の組成に依存している可能性がある。TanentzapとFonvielleは展望記事の中で、高分解能質量分析法を使用して溶解有機物中の化合物の範囲、つまり化学多様性を評価することで、淡水の健康状態についての情報が得られ、悪化しつつある生態系を改善する方法が明らかになる可能性があると提案している。彼らが提案した戦略は、化学多様性のより適切な評価を可能にし、汚染源を明らかにし、例えば飲料水源の監視を可能にできるであろう。この化学多様性の特性に対する理解の向上は、より効果的な淡水保護を可能とさせるかもしれない。(Uc,kh)

Science p. 1412, 10.1126/science.adg8658

巨大な機械をまとめ上げる (Bringing together a massive machine)

細胞は大きな分子モーター複合体により、細胞内小器官などの大きな積荷を微小管上で輸送する。適切な目標指向と前進運動のためには、組み立てと調節が極めて重要である。Singhたちは、調節タンパク質LIS1とリソソームのアダプター・タンパク質JIP3に結合したダイニン-ダイナクチンからなる分子モーター複合体の低温顕微鏡による構造を決定した。JIP3は、ダイニン-ダイナクチンとの相互作用を通じてダイニン-ダイナクチンを組立てる足場となる、異常に短い二重コイルのように見える。LIS1はWD40ドメインを介してダイニン・モーターと相互作用し、作動行程前の状態を安定化し、そしてまたダイナクチンを構成するp150の腕と接触して、アダプター結合を促進にする。この研究は、巨大な分子機械の組立てをとりまとめるLIS1の重要な役割を明らかにしている。(MY,kh)

【訳注】
  • ダイニン:ATPに依存して微小管のうえを滑り運動するモータータンパク質。
  • ダイナクチン:ダイニンの補因子として作用するタンパク質で、微小管に沿って輸送すべき積荷がダイニンに結合するのを調節する受容体として機能する。
Science p. 1431, 10.1126/science.adk8544

発声学習の進化 (Evolution of vocal learning)

人間の言語能力を含む複雑な行動を実行する能力は、数百万年にわたる進化の最適化の結果、ゲノムを構成する数十億のヌクレオチドに符号化されている。言語能力自体は人間に特有のものであるが、経験に応じて発声出力を修正する能力である発声学習は、多くのコウモリを含む複数の哺乳類で独立して進化した。Wirthlinたちは、コウモリの脳での実験と、200種類を超える(他の哺乳類の)ゲノムの人工知能に基づく分析を組み合わせて、発声学習に関連する数百のゲノム領域を見出した。彼らの結果は、人間の自閉症に関連する遺伝子の相互作用網と関係している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 発声学習:動物が耳で聞いた音や音声に基づいて、それに類似した音声を生成する、あるいは生成音声を修正すること。
Science p. 1432, 10.1126/science.abn3263

BCGがウシ間の伝播を抑制する (BCG to curb bovine transmission)

先進国においては、家畜の結核抑制は検査陽性動物の殺処分(test-and-slaughter)により日常的になされているが、世界のほとんどの国々にとって、この戦略は受け入れがたいものである。低所得国と中所得国で酪農業が発展するにつれて、ウシ結核が抑制できなかったり、ヒトと交差感染してしまう危険性がある。Fromsaたちは、ワクチン接種した動物を自然感染した動物から区別する診断試験の進展を利用して、BCG(Bacillus Calmette-Guérin)接種の有効性を測定した(Michelによる展望記事参照)。BCGは感染を完全に抑えることができず、また、その有効性は家畜でもヒトでも争点になっている。群内増殖率の推定値と、エチオピアの4地域から得られた経験的な家畜移動データとを用いて較正された伝播機構モデルは、1年後の時点で24%の有効性が達成できるかもしれないことを示した。BCGは病気を撲滅しないが、何十年かの予防接種継続を通じて、ウシ結核の伝播を89%減らす可能性がある。(MY,kh)

Science p. 1433, 10.1126/science.adl3962; see also p. 1410, 10.1126/science.ado4333

劣化するようにできた (Made to degrade)

圧電材料は、ひずみを感知したり、生物医学用途に有用な超音波振動を発生させたりするのに有用である。しかし、圧電材料は硬くて脆いことが多く、生分解性はない。Zhangたちは、生物医学用途に魅力的な可能性のある高い圧電応答を示す分子性結晶を見出した(WangとLiによる展望記事参照)。この分子性結晶は、柔軟性に優れ、ひずみを感知する薄いフィルムにすることができる。著者たちは、この分子性結晶の生体適合性と生分解性についても有望な観察結果について述べている。(Wt,kh)

Science p. 1492, 10.1126/science.adj1946; see also p. 1416, 10.1126/science.ado5706

細胞が有糸分裂期の時間を計る方法 (How cells time duration of mitosis)

有糸分裂の遅滞を引き起こす条件は、ゲノム不安定性に寄与する可能性がある。Meitingerたちは、細胞が異常に長い有糸分裂を検知でき、その情報を娘細胞に伝達し、次に娘細胞が細胞周期のG1期に増殖を停止する機構を提案している(BertolinとGottifrediによる展望記事参照)。著者たちは、有糸分裂が遅滞している細胞内で、p53結合性タンパク質1とユビキチン特異性タンパク質分解酵素28を含有するタンパク質複合体が形成され、それらの量が有糸分裂の遅滞の大きさに依存していることを見つけた。これらの複合体は娘細胞に安定に受け渡された。この機構のさらなる理解は、ガン細胞の広がりを防ぐのに重要であるかもしれず、ガンの検出と治療を増進することができるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 有糸分裂:真核生物の細胞分裂における核分裂の様式の1つで、核の中に染色体、紡錘体などの糸状構造が形成されて細胞分裂が起こる。
  • 細胞周期:母細胞が分裂して2つの娘細胞となる過程のことで、G1期(DNA合成の準備期)、S期(DNA合成期)、G2期(分裂準備期)、M期(分裂期)からなる。
  • p53:DNA修復や細胞増殖停止、アポトーシスなどの細胞増殖サイクルの抑制を制御するガン抑制性タンパク質。
Science p. 1441, 10.1126/science.add9528; see also p. 1414, 10.1126/science.ado5703

中枢代謝におけるピリミジン (Pyrimidines in central metabolism)

ピリミジンは生合成に対しての必須代謝物であるが、中枢炭素代謝で重要な役割を果たしているとは通常見なされていない。Sahuたちは今回、ピリミジンが、解糖、トリカルボン酸回路、呼吸との間の重要な仲介酵素であるピルビン酸脱水素酵素の活性に影響を与えることを報告している。ピリミジンの欠乏はチアミンピロリン酸(ピルビン酸脱水素酵素の必須補因子)の減少をもたらした。どうやらそれは、アデノシン三リン酸ではなくピリミジン系のウリジン三リン酸が、チアミンピロリン酸を生成する酵素であるTPK1の好ましい基質として機能するためであるらしい。著者たちは、細胞内でピリミジンが豊富なことが、このようにしてトリカルボン酸回路の活性と呼吸に影響を与え、それにより、脂質生成の調節を通して(前駆脂肪細胞からの)脂肪細胞への分化のような過程に影響を与えうると提案している。(MY,kh)

【訳注】
  • 中枢代謝:解糖系やトリカルボン酸回路を通じてエネルギーを作り出す、生物の生存にとって必須の代謝系。
  • ピリミジン:ベンゼンの1,3位の炭素が窒素で置換された有機化合物。
Science p. 1484, 10.1126/science.adh2771

コロナウイルス抗ウイルス薬のための別の標的 (Alternate target for coronavirus antivirals)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、複製を促進する2つの必須プロテアーゼをコードしており、それらは低分子治療薬によるウイルス阻害の主要標的である。メイン・プロテアーゼ、Mproを標的とする薬剤が現在臨床で用いられているが、薬剤耐性や薬物相互作用に対処するための代替品が必要とされている。もう1つのプロテアーゼであるパパイン様プロテアーゼ、PLproを標的とすることは今まであまり成功してこなかった。Tanたちは、これまでに開発されたいくつかのリード化合物の構造情報に基づく設計を用いて、このプロテアーゼの活性部位の特定の表面特徴を利用する、一連の非共有結合性PLpro阻害剤を作製した。彼らは、それらの阻害剤の独特な結合様式を確認し、またマウス感染モデルでの有望な有効性を示した。(hE,MY,nk,kh)

【訳注】
  • パパイン:パパイヤから得られるプロテアーゼで、酵素の触媒残基にシステインを含むシステイン・プロテアーゼに属する。
Science p. 1434, 10.1126/science.adm9724

将来、記憶として保存するためのタグ付け (Tagging to preserve future memories)

日常生活では、記憶すべき潜在的な出来事がたくさんある。しかし記憶が維持されるのはごく一部である。マウスの迷路を使った実験で、Yangたちは、海馬からの多数のニューロンを同時に記録し、マウスのニューロン集団の活動が迷路内の自分の位置だけでなく、記憶課題における正しい試行の番号も識別することを見出した。いくつかの試行の後に、達成の褒美をもらっている間に鋭波リップル(SPW-R)が発生した。これらのSPW-Rの棘波成分は、褒美をもらった試行を迷路で実行している間のニューロン集団の活動を再現した。その後、SPW-Rはノンレム睡眠中に発生し、これらの睡眠中のSPW-Rは、覚醒時の迷路中のSPW-Rによってタグ付けされた系列を大部分再現した。これは、どの覚醒時の体験が長期的にわたる固定化を受けるのかを決定する、タグ付け機構の候補である。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ノンレム睡眠:急速眼球運動(Rapid Eye Movement)が観察されるレム睡眠に対し、急速眼球運動がなく、身体も脳も休んでいる状態の眠り。
  • 鋭波リップル:海馬で観察される、鋭波(周波数が5-30Hz)にリップル波(周波数が約200Hz)が重畳された脳波。記憶の固定化に重要な役割を果たしていると考えられている。
Science p. 1478, 10.1126/science.adk8261