AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 24 2023, Vol.382

日の光を見る (Seeing the light)

発芽する時、胚性幹茎はほどけて光の方向に成長するように伸長する。青色光受容体の1種であるフォトトロピンは光勾配を検知し、こうして成長方向の決定を可能にする。Nawkarたちは、輸送タンパク質ABCG5の変異が発芽時の光屈性欠陥をもたらすことを見出した(Whitewoodsによる展望記事参照)。著者たちは、胚軸を構成する細胞間の空隙が減少し、その結果、胚軸組織を通過する際の光拡散が妨げられることを見出した。細胞間の空隙は、水生植物においては気体交換を助け、浮遊性を促進するものとして知られてきた。ここでの研究は、光勾配を作るという空隙のさらなる機能的役割を実証しており、また、それらがどのように形成されるのかについての洞察も提供している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 光屈性:植物が光の刺激に対し、一定の方向に屈曲して成長する性質。
  • 胚軸:幼芽の子葉と幼根をつなぐ植物の器官。例えばもやしの大部分を占めている部分。
Science, adh9384, this issue p. 935; see also adl2394, p. 885

高エネルギーの宇宙線 (A highly energetic cosmic ray)

宇宙線は宇宙から飛来する荷電粒子である。宇宙線は低エネルギー領域では主に太陽起源であるが、高エネルギーでは、近傍の活動銀河によって放射されていると予想される。Telescope Array Collaboration は今回、人工の粒子加速器によって到達できるエネルギーの100万倍以上である、約240エクサ電子ボルトのエネルギーを持つ宇宙線の検出を報告している。このような高エネルギー粒子は、前景の磁場によってわずかな偏向しか受けないはずだが、到来方向を遡ってみても明らかな発生源と見做される銀河は見つからない。著者たちは、前景の磁場が予想より強い可能性があるか、あるいは高エネルギー域では未知の素粒子物理学が存在する可能性があると示唆している。(Wt,nk)

Science, abo5095, this issue p. 903

多糖類のクロス・カップリング様反応 (Cross-coupling–like reaction for glycans)

グリコシル化は多くの天然物の重要な特徴であるが、多くの反応は立体化学性が失われるオキソカルベニウム中間体を介して進行するため、糖を導入する方法は立体特異性についての制限に苦しむ可能性がある。Dengたちは、パラジウム触媒によるアリール炭素-酸素クロス・カップリング反応に似た、フェノールのグリコシル化のための汎用性のあるパラジウム触媒反応を開発した。合成容易なオルト-ヨードビフェニルS-グリコシドへのパラジウムの酸化的付加反応は、SN2機構により、広範囲のフェノラートと反応して立体化学性が反転したグリコシル化フェノールをもたらす複合体を生成する。この反応は、2-デオキシ糖ではうまく作用するが、これに限定されず、他のパラジウム触媒クロス・カップリング反応をワンポットで行い、複雑なO-グリコシドを生成することができる。(KU,kh)

【訳注】
  • グリコシル化:タンパク質あるいは脂質に糖類が付加する反応。
  • SN2機構:基質に求核剤が基質と結合し、その後基質から電気陰性度の大きな化学基が脱離する反応。反応速度は基質と求核剤の濃度の積に比例する二次反応となる。求核剤は脱離基とは反対の方向から基質に近づき結合するため、基質が掌性を持つ場合、生成物の掌性は元と反転したものになる。
  • ワンポット合成:多くの化学反応は、1つの反応を行った後に中間体生成物を単離して精製してから次の段階の反応を行うが、ワンポット合成は反応容器に反応物を順に投入し、中間体を取り出すことなく多段階の反応を行う合成手法。
Science, adk1111, this issue p. 928

硫黄に込められた物語 (The story in sulfur)

海洋堆積物や堆積岩に含まれる黄鉄鉱の硫黄同位体組成は、炭素、酸素、硫黄の結合循環系を再構築するためにしばしば用いられる。しかしながら、物理的過程と生物学的過程の競合する影響により、結果として得られる解釈が複雑化しうる。Halevyたちは、微生物の影響ではなく、堆積環境における無機反応と輸送が、観察される広範な硫黄同位体値の原因になることを示している。地球の歴史の大部分にわたって観察される硫酸塩・黄鉄鉱の同位体分別の増加は、主に海洋の硫酸塩濃度の増加の影響を反映しているが、その例外は過去5億5,000万年で、その期間は超大陸の分裂と集合および海面変動がより重要であった。Bryantたちは、硫黄同位体に影響を与える多重の信号を逆畳み込みする、個々の黄鉄鉱粒子に適用される微量分析方法を提示している。彼らは、微生物の同位体への影響と、堆積条件によって生じる無機的分別の両方を測定することができた。彼らの手法は、硫黄同位体記録の相反する解釈を再評価するのに役立つであろう。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 同位体分別:物理学的・化学的プロセスを通して同位体比が変わること。
Science, adg6103, adh1215, this issue p. 912, 946

ノイズを減らす (Reducing noise)

固体中の電荷流は準粒子と呼ばれる個々の存在によって運ばれており、その準粒子は関連するショット・ノイズを生み出す。しかし、奇妙な金属と呼ばれる特異相においてはこの準粒子の描像は機能せず、ショット・ノイズは減少すると予想されている。Chenたちは、重フェルミオン材料であるYbRh2Si2からなるナノワイヤーの奇妙な金属相状態において、ショット・ノイズを計測することでこの予想を調べた。相当する金ナノワイヤーで測定される値や準粒子系の理論予測の値と比較することにより、これら試料で実際にショット・ノイズが減少することが確認された。(NK,kj,nk,kh)

Science, abq6100, this issue p. 907

アミド伸長 (Amide extension)

有機化学は伝統的に、炭素骨格を組立ててそれからその周辺を修飾する操作がなされている。しかしそれに代わって、最近の相次ぐ研究では、より効率的な医薬品最適化のために、既存の炭素骨格へと原子を挿入したり、あるいは炭素骨格から原子を外したりすることに関心が注がれてきた。Zhangたちは、アミドのカルボニルとα位炭素の間にさまざまな長さのメチレン鎖を導入するための反応順序について報告している。最初にα位をアルキル化して配向基を導入することで、ロジウム触媒による炭素–カルボニルの結合の切断とその後の異性化の土台が整えられる。(MY,nk,kh)

Science, adk1001, this issue p. 951

天然の利点が工学的に実現される (Natural advantages, engineered)

天然の触媒として、酵素は適応性、特異性、互換性を有している。酵素が触媒する変換の同定において重要な進展がなされてきており、広範な用途に対して、新規で適切な酵素を特定、改変、あるいは創製するための新規な方法が開発されてきている。レビュー記事でBullerたちは、生体触媒研究におけるここ最近の進歩を集め、計算手法の利用向上、設計試験サイクルの加速、天然で馴染みのあるものを超えた化学の拡張、の方向に関心を向けている。改変酵素は複雑な有機分子の合成に対して、環境に優しい化学による解を提供し、廃棄プラスチックと廃棄化学品の分解に用いられる可能性がある。(MY,kh)

Science, adh8615, this issue p. 899

さまざまなCRISPR-Cas 系を明らかにする (Uncovering diverse CRISPR-Cas systems)

微生物の生化学的な系は信じられないほど多様であり、生物工学的発展のための新規で価値ある成分を同定するためには、配列データを分析するための計算手段が不可欠である。Altae-Tranたちは深層テラスケール・クラスター分析と呼ばれる手法を用いて、DNA編集技術であるCRISPRと関連する200以上の新規な機能的系を見出した。発見された遺伝子のいくつかは、より安全な治療的ゲノム編集を可能にするかもしれない正確なDNA-編集系と関連している。著者たちは、CRISPR-Cas酵素であるCas14の特徴も明らかにしたが、これはRNAを正確に切断する。これらの発見は、医学や生物工学での広範囲な応用を伴う、DNA-およびRNA-編集技術をさらに改良するのに役立つかもしれない。(hE,kh)

【訳注】
  • CRISPR-Cas :CRISPR-Cas(clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR associated proteins)とは、DNA二本鎖を切断してゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術である。
Science, adi1910, this issue p. 900

峰は多いが登りやすい (Many peaks, but easy to climb)

適応度地形において、ある遺伝的適応度の峰から別の遺伝的適応度の峰に移動するには、どれほど多くの変異が必要だろうか? Papkouたちは大腸菌で変異誘発を実施して、抗生物質の標的となるタンパク質内の3つの連続するアミノ酸をコードする9つのヌクレオチドの組み合わせからなる遺伝子型空間を調べた。著者たちは、ほとんどの遺伝子型が低い適応度であるが、高い適応度の峰の間の移動は驚くほど少ない変異しか必要としないことを見出した。この研究は、260,000を超える遺伝子型の徹底的な検査に基づいており、変異経路のネットワークをほぼ完全に調査して長年の疑問に答えている。(KU,nk)

【訳注】
  • 適応度:生物個体が生物として繁栄していく能力を捉えるための概念。ある生物個体からつながる世代に残った子孫の数として表わすことができる。
  • 適応度地形:遺伝子型と適応度の関係を視覚的に表わす図。具体的には、2次元空間上に個体群の各生物個体を配置し、そこに適応度を表す「高さ」の軸を追加して適応度をプロットすることにより得られる起伏のある曲面が相当する。
Science, adh3860, this issue p. 901

超細胞の性質が出現する (Supracellular properties emerge)

モルフォゲンは、組織形態の形成において極めて重要な役割を果たす分泌分子であるが、個々の細胞がどのように「規模拡大」に影響を及ぼして、数百から数千の細胞で構成される超細胞の構造を作り出すかは依然として解明されていない。Yangたちはトリの皮膚に焦点を当て、2つのモルフォゲンが超細胞のレベルで現れる物質的および機械的性質を可能にすることを発見した(BanavarとNelsonによる展望記事参照)。大きな組織におけるモルフォゲンの機能的効果は、出現した超細胞の性質を考慮することによって理解することができる。(KU,kh)

【訳注】
  • モルフォゲン:発生、変態、再生の際に、局在する発生源から濃度勾配を持って発せられ、形態形成を支配する物質。
Science, adg5579, this issue p. 902; see also adl2004, p. 880

界面を改善する (Improving at the interface)

熱電モジュールは廃熱を電気に変換するが、不適当な界面材料は熱電モジュールの機能停止を引き起こす可能性があるため、熱電材料と電極の間で機能する材料を見つけることは難しい。Xieたちは、従来の単純組成の物質よりも化学的に複雑な界面候補材料を単離するためのスクリーニング戦略を開発した(XuとTianによる展望記事参照)。著者たちはこの戦略を用いて、特定タイプの高性能熱電モジュールに対応して1つの優れた界面材料になる、マグネシウム–銅–アンチモンの半金属をつきとめた。このアプローチは、広範囲の材料化学に適用できるはずである。(Wt,kj,nk,kh)

Science, adg8392, this issue p. 921; see also adl2157, p. 882

石炭を使わないことは健康的な選択肢 (No coal is a healthy option)

環境被害を緩和するための施策の成功を評価するのは難しい場合がある。新しいモデル化手法の出現が、再現可能でありながら高価で時間のかかる数値計算手法を必要としない評価に近づくことを可能にしている。Hennemanたちは、石炭燃焼発電所が二酸化硫黄を含む微粒子(PM2.5)を排出し、他の種類のPM2.5よりも高い死亡率と関連していることを見出した(MendelsohnとMin Kimによる展望記事参照)。著者たちは、縮約形式大気モデルと米国の過去のメディケア・データを組み合わせ、死亡率の最も高い石炭火力発電所を特定し、閉鎖またはスクラバー(排気処理装置)設置による死亡率の減少効果を推定した。このような取り組みは、現在進行中の政策決定に資するために、環境保護対策の有効性を迅速に示すことができる。(Uc,kj,nk,kh)

【訳注】
  • メディケア:65歳以上の高齢者と障害者を対象とした、国が運営する米国の医療保障制度。
Science, adf4915, this issue p. 941; see also adl2935, p. 878

無秩序欠陥を除いて成長 (Removing disorder to grow)

炭酸カルシウム・マグネシウムであるドロマイトは、炭酸塩岩の主要な鉱物の1つである。しかしながら、実験室条件下でこの鉱物を成長させることは非常に困難であることがわかっており、いわゆる「ドロマイト問題」をもたらしている。Kimたちは、この溶液が不飽和状態と過飽和状態の間を繰り返すことの必要性を明らかにすることで、この問題を解決したようである(García-Ruizによる展望記事参照)。繰り返しは結晶の成長を1,000万倍も速めており、大量のドロマイトを生み出すには必須であるかもしれない。この観察結果は、自然界でドロマイトの形成が見られる場所、つまり沿岸であって蒸発を生じる環境と一致している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ドロマイト問題:各地質時代ごとにドロマイト形成量に大きな差が生じている理由が不明であるという問題。
Science, adi3690, this issue p. 915; see also adl1734, p. 883

適応のための成体神経幹細胞プール (Adapting pool of adult neural stem cells)

新しいニューロンのさまざまな亜型は、空間的にまったく異なる神経幹細胞(NSC)のプールから成体の脳室-脳室下帯で生まれる。しかし、NSCの多様性と特異性の生理学的関連性は不明である。Chakerたちは、マウスの妊娠中に、母親の体内で複数のNSCプールが活性化され、出産前後に機能して自分の仔の認識を含む母親としての養育の様子を調節する特定の嗅球介在ニューロンが生成され、その後、仔が成熟するにつれて消失することを明らかにした(Kempermannによる展望記事参照)。これらの結果は、成人のNSCの不均一性が、異なる生理学的状態に応答した適応が可能な脳の可塑性の基盤をどのように提供するかを強調している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 脳室-脳室下帯:元々は、発生初期に大脳皮質を構成するニューロンの供給源で脳室を取り囲む脳室周囲層の最も脳室側(内側)の層を脳室帯、胎生期の脳で形成され脳室帯に隣接した領域を脳室下帯としてきたが、近年、神経幹細胞の分布や機能から、両者を併せ”脳室-脳室下帯”と称されている。
  • 嗅球介在ニューロン:嗅神経からの入力を受け嗅覚情報処理に関わる脳組織である嗅球中に存在し、嗅神経からの一次入力を受け取る嗅覚二次ニューロンとシナプスを形成し、匂い分子の検出や識別などの情報処理を行っている。成体になっても脳室-脳室下帯で産生され、嗅球に移動して既存の神経回路に組み込まれることが知られている。
Science, abo5199, this issue p. 958; see also adl2399, p. 881