AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 22 2023, Vol.381

金属鉱山の下流への影響 (Downstream effects of metal mines)

金属の採掘は、水銀やヒ素などの有毒元素を含む廃棄物を生じる。Macklinたちは、操業中および非操業中の金属鉱山と鉱滓ダムの位置に関する世界的なデータをまとめた。鉱滓ダムは鉱山廃棄物を保管している。彼らは、水文学モデルを用いて、鉱山や崩壊した鉱滓ダムによる河川系の汚染を評価し、影響を受ける可能性のある氾濫原、人、家畜を特定した。採掘の影響を受けた約164,000平方キロメートルの氾濫原には、2,300万人以上が住んでいる。鉱滓ダムの崩壊は局地的に多大な影響を及ぼすが、現在または過去の採掘活動によるより広範囲の汚染水準の増加より、はるかに少ない人々にしか影響しないと推定される。(つまり、汚染物質の定常的な長期放出のほうがはるかに影響が大きい)。この採掘産業が生態系や健康に及ぼす影響を完全に理解するには、世界的なデータと監視を増やすことが必要とされる。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 鉱滓ダム:鉱山の選鉱・製錬工程で発生するスラグ(鉱滓)を水分と固形分とに分離し、その固形分を堆積させる施設。
Science, adg6704, this issue p. 1345

エウロパにおけるCO2の源 (A source of CO2 within Europa)

木星の氷の衛星であるエウロパは、水からなる氷の地殻の下に内部海を持っている。エウロパの表面では、以前から固体の二酸化炭素(CO2)が観測されていたが、その発生源は不明であった。2つのチームが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によるエウロパの赤外線分光分析を行い、CO2の発生源を調査した。TrumboとBrownは、この衛星の内部から表面に向けて物質が輸送されていることを示す地質的特徴を持つ領域にCO2が集中していることを見出した。彼らは、エウロパの内部海の組成に関して示唆されることを論じている。Villanuevaたちもまた、CO2の起源を衛星内部とし、その12C/13C同位体比を測定した。彼らは、地表を突破して現れる揮発性物質のプルーム(上昇流)を探したが、以前の観測よりも活動が低下していることを見出した。これらの研究を総合すると、エウロパの内部、おそらく内部海に炭素源があることを示している。(Wt,kj,nk,kh)

Science, adg4270, adg4155 this issue p. 1305, p. 1308

狙いを定めた軸索再生 (Targeted axonal regeneration)

いくつかの実験的取り組みが、脊髄損傷(SCI)後の軸索再生で肯定的な結果を示してきたが、運動機能の完全な回復は、依然として捉えどころのない目標である。Squairたちは、1つの選択された神経細胞集団においてその元来の投射先へ完全に軸索投射させる再生が、機能回復の向上を促進できるのではないかと考えた。著者たちは、単一細胞RNA配列解析を用いて、最も有望な神経細胞集団を突き止めた後、この細胞集団における軸索成長と元来の投射先への経路誘導の促進が、完全なSCI後のマウスの歩行を回復させることを示した。対照的に、病変全域にわたる大まかな軸索再生は効果が無かった。これは、SCI後の機能回復には投射先をより絞った取り組みが必要なことを示唆するものである。(MY,kj,kh)

Science, adi6412, this issue p. 1338

RNAによるエピジェニックな遺伝子発現抑制の調節 (Regulation of epigenetic silencing by RNA)

RNAはメッセンジャーとして働くのに加えて、転写自体の過程を調節する。ポリコーム抑制複合体2(PRC2)は、細胞分化に必須であり、ガンにおいてはしばしば調節解除されているエピジェニックな遺伝子発現抑制複合体であるが、このRNA仲介調節の研究に対して著名な系である。Songたちは低温顕微鏡法を用いて、RNAに結合したPRC2の構造を解析し、RNAがPRC2の二量化を促進することを明らかにした。ヌクレオソームDNAと結合しヒストン基質への関与に必要なPRC2の触媒サブユニット・ドメインは、PRC2の二量体界面に隔離されており、これはRNAがどのようにしてPRC2の活性を抑制するのかを説明している。(MY)

【訳注】
  • ポリコーム抑制複合体2:ヒストンH3の27番目のLysのトリメチル化を行うヒストン修飾タンパク質複合体で、この修飾で標的遺伝子の転写が抑制される。
Science, adh0059, this issue p. 1331

ねじれた分子を追い出す (Shoving out a twisted molecule)

化学者は、エネルギー的に有利ではない生成物に向かって、たとえて言うなら反応を押し上げるよう試みることがよくある。問題は、それらの生成物が逆方向へ転がり落ちるのを防ぐことである。Gemenたちは、アゾベンゼンをより高エネルギーのZ配座へとねじる巧みな方法について報告している。具体的に言うと、彼らはより安定なE異性体を光増感剤とともに超分子ホスト中へ引き入れた。ねじれを誘発するエネルギーを可視光が与えると、Z同位体はもはや空孔に収まらなくなり、さらなる光がそのねじれを元に戻すことができる前に、Z同位体はホスト外に押し出されるのである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • Z体E体:アゾベンゼン(2つのベンゼン環が-N=N-でつながれた構造)ではZ体はシス構造、E体はトランス構造。
  • 可視光:アゾベンゼンは通常、大きなエネルギーを持つ紫外光の照射でZ体が生成するが、この論文ではよりエネルギーが小さな可視光でZ体が生成する。
Science, adh9059, this issue p. 1357

古代のアマゾン川流域に隔離されている炭素 (Sequestering carbon in ancient Amazonia)

アマゾン川流域の多くの古代および現代の農業集落の近くに位置する非常に肥沃な土壌、いわゆる「黒い土」の起源は、数十年にわたって議論されてきた。その起源についての2つの仮説は、肥沃度の低い熱帯土壌の家庭からの食品廃棄物の堆積による意図的な富化(肥やし山モデル)、別説の作物栽培自体による意図的でない生成を含んでいる。Schmidtたちは、アマゾン川流域南東部の遺跡および先住民が居住する現代の村に関連する黒い土壌の比較研究において、肥やし山仮説に対する強力な証拠があることを示している。彼らはさらに、これらの土壌が優れた炭素吸収源であり、人為的気候変動の緩和にも役立つかもしれない持続可能な農作業の重要な要素であることを実証している。(Sk,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh8499

機械的構造の役割を理解する (Understanding the role of mechanics)

液体電解質を固体電解質に置き換えることで、リチウム金属電池の容量と安全性が向上する可能性がある。これまでは電気化学的挙動に焦点が当てられてきたが、内部応力とひずみもまた電池の性能と寿命を大きく変える可能性がある。Kalnausたちは、固体電池の機械的構造と多重の固体-固体界面を持つことの効果に関して、私たちが理解したものを再吟味した。また、これらの電池の寿命と性能を向上させるために、追加の材料と設計によって応力を緩和する方法についても考察した。(Wt,kh)

Science, abg5998, this issue p. 1300

動物におけるDNA複製の開始 (Initiating DNA replication in animals)

染色体は細胞分裂のたびに1回だけコピーされ、次世代への遺伝的青写真の継承を可能にする。これまで、細胞が染色体複製のための分子機構をどのように組み立てるかについての我々の理解は、酵母の研究に大きく依存していた。AlphaFold-Multimer(AF-M)は、タンパク質が相互作用するかどうかを予測できる人工知能ベースのシステムである。Limたちはこの技術を応用して、DONSONと呼ばれる謎のタンパク質の機能に取り組んだが、このタンパク質は以前、DNA複製に関与していると考えられていた。彼らはAF-Mを用いて、ヒト細胞で発現される20,000のタンパク質のうちのどれがDONSONに結合するかを予測した。実験的検証と組み合わせたこの計算的探索は、DONSONが複製中にDNA二重らせんを解きほぐす複合体の構築におけるミッシング・リンクであることを示した。Xiaたちは線虫Caenorhabditis elegansの研究において、DONSONの線虫相同物であるDNSN-1がその複製機構の組み立てに不可欠であることを示した。DNSN-1の相同物は酵母には存在しないが、植物と動物には存在する。ヒトにおけるこれの同等のタンパク質の変異は、染色体複製機構の組み立てに欠陥がある場合によく見られる小頭症性小人症の一種を引き起こす。(KU,kh)

Science, adi3448, adi4932, this issue p. 1301, p. 1302

AlphaFoldによって予測されるミスセンス効果 (Missense effects predicted by AlphaFold)

タンパク質中の1アミノ酸の変化は、ほとんど効果がないときもあるが、タンパク質の折りたたみ、活性または安定性の問題につながることがよくある。多様体(variant)のうち、実験的に研究されてきたのはほんの一部分のみだが、機械学習手法のための訓練データとして用いるのに適した大量の生物学的配列データが残されている。Chengたちは、タンパク質構造予測ツールであるAlphaFold2に基づいた深層学習モデルであるAlphaMissenseを開発した(MarshとTeichmannによる展望記事を参照)。このモデルは集団のミスセンス頻度データに基づいて訓練され、配列と予測される構造データを用いており、これらの全てがその実行成績に寄与している。著者たちは、訓練に含まれなかった臨床データベースを用いて、他の関連方法に対してこのモデルを評価して、多様体効果のマルチプレックス・アッセイと合致することを示した。ヒトタンパク質中の全ての1アミノ酸置換についての予測は、共用資源として提供されることになる。(hE,kj,nk,kh)

【訳注】
  • AlphaFold(アルファフォールド):タンパク質の構造予測を実行するGoogleのDeepMindによって開発された人工知能プログラムであり、タンパク質の折り畳み構造を原子の幅で予測する深層学習システムとして設計されている。
  • 深層学習(ディープラーニング):対象の全体像から細部までの各々の粒度の概念を階層構造として関連させて学習する手法をいう。
  • マルチプレックス・アッセイ:磁気ビーズを使って一度に数百の病原指標となるタンパク質の存在を検定するイムノアッセイ。
Science, adg7492, this issue p. 1303; see also adj8672, p. 1284

短くても強力なタンデム・リピート (Short but mighty tandem repeats)

ショート・タンデム・リピート(STR)は、真核生物ゲノムの調節エレメント内によく見られる。STRの長さの変化は転写の変更と相関することが多いが、遺伝子発現を調整する機構は謎のままである。Hortonたちは、多くの転写因子(TF)タンパク質がSTRに直接結合すること、およびTFの優先するSTRが既知の結合部位に似ている必要がないことを示している(Kuhlmanによる展望記事参照)。この結合は、低親和性結合部位の繰り返しが合計すると大きな効果をもたらすという単純な加法的モデルによって説明および予測できる。これらの知見は、STRがTF結合のレベルと下流の遺伝子発現のレベルを調整するための調節機構を提供していることを示唆している。(KU,kh)

Science, add1250, this issue p. 1304; see also adk2055, p. 1289

保護のための細胞交換 (Cell swap for protection)

妊娠中、母親と子供の間で細胞の交換が起こり、結果として胎児の細胞が母親の中に少量存続し(マイクロキメラ細胞)、逆方向で母親のマイクロキメラ細胞は胎児の中に存続する。これらの細胞は、免疫応答を鈍化させ、母親の免疫系が胎児を拒絶しないようにする制御性T細胞の増加を促進するのに役立つ。Shaoたちは、免疫学的に異なる複数の父親から生まれた複数回妊娠のマウス・モデルにおいて、母親と胎児のマイクロキメラ細胞の存続性を追跡した(Porrettによる展望記事参照)。著者たちは、以前の妊娠からの胎児細胞はその後の妊娠でも存続するが、それと違って娘マウスに存在する母親のマイクロキメラ細胞は、娘マウスが妊娠すると子孫(胎児)の細胞に置き換わることを突き止めた。(KU,MY,kj,kh)

Science, adf9325, this issue p. 1324; see also adk1218, p. 1286

補充歯止めによる暴力鎮圧 (Controlling violence by curbing recruitment)

ラテン・アメリカにおける殺人は、暴力カルテルによって主に引き起こされている。特にメキシコのカルテルは、米国とメキシコの国境沿いの不法移民を食い物にし、人権を侵害し、政治・経済制度を弱体化させているため、その影響は広範囲に及んでいる。しかしながら、巨大な雇用組織であるにもかかわらず、カルテルは依然として謎に包まれている。メキシコのカルテルがどのように機能しているかを理解することはその力を弱めるために不可欠であるため、Prieto-Curielたちは、カルテルの人数規模を推定し、カルテルの成長と縮小を促す要因を検討する高度な分析を行った(Caulkinsたちによる政策フォーラムを参照)。その要因には、「補充」(新たなカルテル・メンバーの加入)、「無力化」(警察がメンバーを投獄または逮捕)、「紛争」(カルテルが他のカルテルと争う)、「飽和」(メンバーが離脱)などが含まれる。その結果、暴力を減少させるためには、「無力化」を増加させるのではなく、「補充」を減少させる方がはるかに効果的な政策であることが示唆された。(Uc,nk,kh)

Science, adh2888, this issue p. 1312; see also adj8911, p. 1291

混合マトリックス膜を用いた気体分離 (Gas separation using mixed matrix membranes)

ゼオライトや金属有機構造体(MOF)に代表されるナノ細孔結晶材料は、内包する一連の細孔群が気体分離を可能にしているが、堅牢で幅広な薄膜に加工することは難しい。Chenたちは、薄くて高充填で欠陥のない混合マトリックス膜をつくるための固体-溶媒技法を開発した。前駆体金属塩が高分子に溶解され、その後にMOF材料に転換される。著者たちは、高い透過率と選択性で水素と二酸化炭素の分離がなされることを実証している。(NK,kj,kh)

Science, adi1545, this issue p. 1350; see also adk1794, p. 1288

T細胞応答の着火 (Sparking T cell response)

ミトコンドリアの電子伝達系は抗原に対するT細胞性免疫応答に必要である。Mangalharaたちは、ミトコンドリアの電子伝達系の調節が、ガンの増殖と腫瘍の免疫に影響を及ぼすことができるか検討した(PouikliとFrezzaによる展望記事参照)。ミトコンドリア複合体Iを介する電子の流れが増すと、コハク酸濃度が上昇し、主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)と抗原提示と抗原処理に関わる遺伝子の転写活性化とエピジェニックな活性化をもたらした。MHC-Iの誘導は、サイトカインであるインターフェロンγとは独立して起こり、メラノーマに対する強力なT細胞応答をもたらしたが、このことは腫瘍の免疫原性を向上させる手法を示唆している。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • 主要組織適合遺伝子複合体:免疫反応に必要な多くのタンパクの遺伝子情報を含む細胞膜表面にある糖タンパク質。このうちクラスⅠは赤血球以外のほぼ全ての細胞に発現、細胞内で合成されているタンパク質を分解して抗原として細胞膜外に提示、細胞内で生じている異常をT細胞に知らせる。
  • 免疫原性:免疫反応を誘導する抗原の性質のこと。早期ガンの段階ではガン細胞は高い免疫原性を持つ腫瘍抗原を発現し免疫系により排除されるが、ガンが進行するとガン細胞は高免疫原性の腫瘍抗原を欠失し、多様な免疫抵抗性や抑制性を獲得する。
Science, abq1053, this issue p. 1316; see also adk1785, p. 1287