AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 14 2023, Vol.381

量子ランダム性を制御する (Controlling quantum randomness)

量子力学系において状態は揺らぐものである。このような揺らぎはフォトニクスにおいて真の乱数列生成に利用することができる。ランダムな揺らぎは、確率論的コンピューティングにおいても利用できるが、しかしこれは確率分布の制御可能性を必要とする。Roques-Carmesたちは、光学パラメトリック増幅器からの2状態の位相出力を“ビット”として用いることで、系に投入されたわずかなバイアス場に応答してこのビット確率が変化することを示した。著者たちは、バイアス場の減衰程度を変えることで、完全にランダムな状態選択と決定論的な状態選択の間の連続空間を横断することができた。この手法は、真空揺らぎをフォトニクスにおける確率論的コンピューティング用の制御可能なランダム性の源として用いる可能性を提供する。(NK,kj,kh)

Science, adh4920, this issue p. 205

浸透性は低いが安定性は高い (Less penetrating but more stable)

三次元ペロブスカイト太陽電池の熱安定性は、二次元ペロブスカイト・キャッピング層を形成するアンモニウム配位子を添加することによって改善できるが、そのような配位子はバルクなペロブスカイト中にインターカレーションする傾向がある。Parkたちは、最小の芳香族配位子であるアニリニウムが、化合物中のアンモニウム基近傍の立体障害のため、三次元ペロブスカイトと最も低い配位子反応性を有し、この配位子のフッ素化誘導体が堅牢な界面構造を作ることを示した。カプセル化された太陽電池は、最大電力点動作の約1600時間後も、85℃かつ相対湿度50%で約20%の電力変換効率の85%を維持した。(KU)

【訳注】
  • キャッピング層:電池性能改善のために光吸収層と電荷輸送層の間に数原子個の薄い層(キャッピング層)を配置する。
  • 最大電力点:太陽電池で電流と電圧の積である電力が最大になる点。
Science, adi4107, this issue p. 209

コリプレッサーとエンハンサーがパートナーを組む (Corepressors and enhancers form partners)

遺伝子発現の調節には、転写のオン・オフを切り替えるさまざまなシグナルが関与する。遺伝子活性化は広く注目を集めてきたが、転写抑制因子とコリプレッサーとして知られているそのパートナーがどのように転写をサイレンシングするかに注目した研究はほとんどなかった。Jacobsたちは今回、全てのコリプレッサーが、エンハンサーと呼ばれる遺伝子活性領域を全てサイレンシングできるとは限らないことを示している。そうではなくコリプレッサーは、クロマチンおよび配列様式などのエンハンサーのもつ特定の特徴に応じて選択的に機能する。そしてこれらのモチーフの変更は、特定のコリプレッサーに対するエンハンサーの感受性を向上させたり低下させたりすることができる。この知見は、遺伝子発現の新たな実態を明らかにし、転写の活性化と抑制に対する別個の機構間の関係に光を当てるものである。(MY)

【訳注】
  • コリプレッサー:転写抑制因子に結合して標的遺伝子の転写を抑制する物質。
  • エンハンサー:特定の遺伝子の転写の可能性を高めるために特定のタンパク質が結合するDNA上の領域。
Science, adf6149, this issue p. 198

筆記助手としての生成AI (Generative AI as a writing aid)

自動化は歴史的に工場(自動車製造など)や定型的な計算作業において、人間の労働者を駆逐してきた。ChatGPTのような生成型人工知能(AI)ツールは、教育を受けた専門家を陳腐化させることで労働市場を混乱させるのだろうか、それともこれらのツールは専門家の技能を補完して生産性を高めるのだろうか? NoyとZhangは、大卒の専門家を募り、報奨つきの文章作成作業をこなす実験でこの問題を検証した。ChatGPTを使うことになった参加者は、より生産的・効率的であり、作業を楽しんでいた。スキルが低い参加者がChatGPTから最も恩恵を受けており、このことは、AIで生産性の不平等を減らす取り組みに政策的な意味を持っている。(ST,kh)

Science, adh2586, this issue p. 181

マルチチップ量子ネットワークの構築 (Building a multichip quantum network)

拡張性のある量子もつれネットワークの実現は、拡張性のあるアーキテクチャの開発と、大量生産可能なハードウェア構成部品の組み込みにかかっている。Zhengたちは、フォトニック・ハイブリッド多重化を使用した拡張性のあるアーキテクチャを提案し、実証した。彼らは、標準的な工業製造プロセスを用いて製造できる、統合されたナノフォトニック・ハイブリッド多重化素子の道具箱を実現した。彼らのチップ・ベースの量子もつれネットワークは、量子通信、計測学、分散量子計算に重要な応用を見出すことができるだろう。(Wt,kh)

Science, adg9210, this issue p. 221

何が転移温度を決めているか? (What sets the transition temperature?)

酸化銅材料における高温超伝導の機構は、その最初の発見から30年以上も謎のままである。これを解明する1つの方法は、銅酸化物族における種々の観測量間の相関関係を探すことである。Wangたちは、電子エネルギー損失分光法を用いて、単位格子内に異なる数の酸化銅面を有する、ビスマス系クプラート類の電荷移動禁制帯幅を測定した。測定された禁制帯幅は最大転移温度と負の相関があり、銅酸化物超伝導体の動作温度をさらに高めるための設計原理を提供している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 電子エネルギー損失分光法:入射した電子線が試料内の電子を励起する際に失ったエネルギーを測定することで、試料の組成や元素の結合状態を分析する分光法。
  • クプラート:銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオンである。一価の銅塩に有機金属化合物を反応させて得る。
Science, add3672, this issue p. 227

代謝酵素がヒストン上で副業をする (Metabolic enzymes moonlighting on histones)

ヒストンのメチル化状態はクロマチン構造と遺伝子発現に影響を及ぼす。ヒストン脱メチル化酵素の活性度は、これらの調節性メチル化標識の分布に影響を与える。Huangたちは、α-ケトグルタル酸脱水素酵素(KGDH)と呼ばれる酵素がヒストン脱メチル化酵素に結合してその活性を抑制することを見出した(Taylorによる展望記事参照)。KGDHは通常、ミトコンドリアにおける呼吸関連トリカルボン酸回路に関係しているが、その基質であるα-ケトグルタル酸はまた、ヒストン脱メチル化酵素の活性に対して必要となる。KGDH酵素はシロイヌナズナ細胞の核に入り、ヒストン脱メチル化酵素とクロマチンの両方と直接相互作用することができる。結果として、ヒストン脱メチル化酵素と遺伝子発現の両方がKGDHによって変更され、KGDHに呼吸代謝を越えた別な役割を与えている。(MY,kh)

【訳注】
  • 基質:酵素の作用を受けて化学反応をおこす物質のこと。
Science, adf8822, this issue p. 179; see also adi7577, p. 125

ファージ・タンパク質Eによる溶菌 (Lysis by phage protein E)

多くの細菌病原体に対する有効な抗生物質が徐々に失われていることに伴い、ファージ療法が感染治療の方法として新たな興味を引いてきた。いくつかのファージは、その宿主細胞の溶菌に至る抗菌性タンパク質を作り出す。Ortaたちは、ファージ・タンパク質Eと、細胞壁の生合成に関与する2つのタンパク質であるMraYおよびSlyDからなる”YES”複合体の構造を決定した(BalbachとStubbsによる展望記事参照)。タンパク質Eは、MraY中の基質結合部位を阻害して、その必須の酵素活性を阻害する。この機構をよりよく理解することは、有効なファージ療法を開発するのに役立つかもしれない。(hE,kj)

Science, adg9091, this issue p. 180; see also adi7571, p. 126

量子計量の効果を捉える (Capturing the effects of the quantum metric)

量子計量は、量子系において隣り合う波動関数間の距離を定量化するものであるが、それは多くの物理応答に影響を与えることが予測されている。その一例が、特定の対称性を持つ反強磁性体において予測される非線形異常ホール効果である。Gaoたちは、黒リンと接する偶数層のMnBi2Te4からなる構造でこの効果を観測した。彼らは、対立解釈を慎重に排除することで彼らの結論に達している。この結果は、この系が量子計量の効果を研究するための実行可能な道具立てであることを立証している。(Wt,kj,kh)

Science, adf1506, this issue p. 170

量子非線形光学 (Quantum nonlinear optics)

典型的には、光子は互いにあまり相互作用せず、相互作用を増大させて誘発させるためには非線形媒体を必要とする。このような相互作用は、一般的に媒質の屈折率を変化させるために多数の光子を必要とする。Droriたちは、光学的に圧縮されて捕捉されたリュードベリ原子の試料を用いて、量子非線形効果が見られる、極端な光子-光子相互作用状態を誘発させた。2光子および3光子の渦の形成が実証され、量子非線形光学および多光子量子論理の開発への道を提供した。(Sk,kh)

【訳注】
  • リュードベリ原子:最外殻電子が高い主量子数n(n=数10~100)に励起された高励起状態の原子。
Science, adh5315, this issue p. 187

持続可能な繊維のためのCRISPR改変木 (CRISPR wood for sustainable fibers)

樹木は重要な天然資源であるが、最適な木部特性を得るための育種には時間がかかり、樹木の遺伝的性質や多様性の複雑さが妨げとなっている。Sulisたちは、木部特性を向上させ森林樹木の持続可能性を高めるために、CRISPR技術を容易に導入できることを示している(Zuin Zeidlerによる展望記事参照)。著者たちは、ポプラの木部組成を変化させる多重遺伝子の改変を行い、繊維のパルプ化と炭素排出量低減に対してより望ましい形質を備えたものにした。この研究は、ゲノム編集がより効率的な樹木育種に活用できることを示しており、持続可能な林業とより効率的な生物経済に対して時宜にかなう機会を提供するものである。(Uc,kh)

Science, add4514, this issue p. 216; see also adi8186, p. 124

門戸を開けろ、僧帽弁逆流症! (Open the door, HOMER!)

最も一般的なタイプの心臓不整脈である心房細動(AFib)は、心房血栓や血栓塞栓性脳卒中を引き起こす可能性のある重篤な疾患である。Hulsmansたちは、AFib患者と健常対照者の心房組織に対して単細胞RNA配列決定を行い、間質細胞と免疫細胞がこの疾患にどのように寄与しているかをより深く理解した。彼らは、AFib患者で、動員されたCCR2とSPP1が発現したマクロファージが拡大していることを見出した。これらの細胞と細胞内のmRNAの状態変化は、高血圧、肥満、および僧帽弁逆流症を統合した(HOMER)AFibのマウス・モデルで再現された。心房への炎症性マクロファージの動員を調整するCcr2、またはマクロファージによる炎症性線維芽細胞の活性化を促進するSpp1を破壊すると、HOMERマウスの疾患負荷が改善したことから、AFib患者に対する2つの免疫療法の標的になる可能性が示唆された。(Sh,kj)

【訳注】
  • CCR2:ケモカインCCL2に応答する受容体。CCL2は、単球やマクロファージなどで産生され、受容体CCR2を持つ単球やT細胞などに作用しマクロファージの活性化などの効果を発揮する。
  • SPP1:細胞接着、細胞遊走、免疫系への関与などに関わりオステオポンチンとも呼ばれる分泌型リン酸化糖タンパク質。
  • 僧帽弁逆流症:左心室から送られる血液が大動脈に向かわず、一部が左心房に逆流する病気。
  • 線維芽細胞:コラーゲン・エラスチン・ヒアルロン酸など真皮の成分を産生する、結合組織を構成する主要な細胞の1つ。
Science, abq3061, this issue p. 231