AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 9 2023, Vol.380

気候はアフリカの主要な生物群系の基礎となっている (Climate underlies major African biomes)

地球上の植生型の分布は気候によって決まるが、地方や地域スケールでは、過去の擾乱と種の相互作用によって、全く異なる植生が生じることがある。Higginsたちは、熱帯・亜熱帯アフリカの森林とサバンナの分布を気候だけでどの程度うまく予測できるかを調査した。植生調査区データを用いて、著者たちは9000種以上の植物に対するニッチ予測と主要な成長形態の気候適性評価を作成した。その結果としてのモデルは、森林とサバンナの出現を高い精度で予測し、気候の地理的変化が大規模な植生パターンと比較的微細な植生パターンの両方を駆動していることを示した。気候変動がアフリカの森林とサバンナの分布に与える影響は、これまで認識されていたよりもより予測可能となるかもしれない。(Uc,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ニッチ:ある生物がその環境で占める生態的地位
Science, add5190, this issue p. 1038

巨大動物の喪失 (Losing giants)

過去の哺乳動物相は豊かで、すべての大陸に非常に大型の種が存在していたが、これらの種の大部分は現在絶滅している。人類の到達が、多くの地域でこれらの大型動物相の絶滅を引き起こしたことは、妥当な説として広く受け入れられている。しかしながら、人類はアフリカで進化し、絶滅の証拠が400万年前以前に遡るにもかかわらず、現在に至るまでアフリカでいくつかの大型動物相と共存してきた。BibiとCantalapiedraは、中新世後期から現在まで、体重-存在量モデルについて化石種を調べた。著者らは、減少傾向の推進力を説明する3つの異なる仮説を試し、環境の変化がこの期間の大型哺乳類減少の様式を引き起こしたと結論付けた。(Sk,nk,kh)

Science, add8366, this issue p. 1076

フォノン用のビーム・スプリッター (A beam splitter for phonons)

フォノンは物質内の基礎的量子振動であり、それぞれのフォノンは数兆個におよぶ多数の原子の集団的挙動を示す。これら力学的振動をいとこのような存在であるフォトンと同じように量子コンピューター構造に組み込むことができるか否かの研究が進められている。Qiaoらは、単一フォノンと2個フォノン制御干渉に対するビーム・スプリッターを実証している。単一フォノンを放出し検出できる技術に加えて、今回のビーム・スプリッターは、力学振動を基盤とした量子コンピュータ実現のための道具箱の中身の最後の一つを与えるものである。(NK,nk,kh)

Science, adg8715, this issue p. 1030

ビスマスは三重項を隠す (Bismuth hides its triplet)

ビスマスは通常、少なくとも3つの他の原子に配位する。Pangたちは、一価のビスマス中心が単一の嵩高い炭素配位子に結合している珍しい化合物の合成と結晶化を報告している。理論は、結合形態が三重項状態中の2つの電子を不対にするはずと予測するが、この化合物は常磁性応答を示さなかった。著者たちは、この現象を重元素に固有の大きなスピン軌道結合による最低磁気副準位の熱的隔離に起因すると考えている。(KU,nk,kh)

Science, adg2833, this issue p. 1043

発生中の染色体のまき直し (Rewiring chromosomes in development)

染色体の三次元 (3D) 構造の変化が、発生中の遺伝子発現を調節するかどうかについては、激しく議論されてきた。これらのシステムを研究する上での大きな課題は、数千塩基対離れた長距離のクロマチン相互作用をその標的遺伝子に関連付ける方法である。Liuたちは、単一細胞内で3Dゲノム構造と遺伝子発現を同時に特性抽出するマルチ-オミクス・シーケンス方法を開発した。この方法は、クロマチンの立体構造と遺伝子発現の間の直接的なつながりを可能にする。この新しい手段を利用して、著者たちは、広範なクロマチン相互作用、特に活性なエンハンサーが豊富な遺伝子座間の相互作用を同定し、それらがマウス胚発生中の遺伝子活性化前にまき直しされることを見出した。この観察は、動的クロマチン組織化が遺伝子発現の制御に重要な役割を果たしていることを示唆している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • オミクス(omics):生命の様々な層に存在する大量の生物学的情報の相互作用や機能を解析する科学・工学分野。例えばproteomics=protein+omics、transcriptomics=transcript+omics、genomics=gene+omics。
Science, adg3797, this issue p. 1070

分子軌道を模倣する (Emulating molecular orbitals)

弱導電性または絶縁性の表面を用いる、調整可能な多体系ハミルトニアンの量子シミュレータの開発に大きな関心が集まっている。Sierda たちは、インジウム-スズ表面においてパターン化されたセシウム原子と電子の表面閉じ込めを用いて、バルク・バンドから強く切り離された人工分子軌道を作り、一連のよく知られた平面有機分子を模倣した。このシステムは、表面上の量子化学を模倣するための汎用性の高いプラットフォームであり、構造と分子軌道の相互作用を見るための新しい方法を与える。これは、量子化学や有機化学、固体物理学、多体物理学に関わりを持つであろう。(Wt,kj)

Science, adf2685, this issue p. 1048

分極化への障壁を下げる (Reducing barriers to polarization)

窒化物系の強誘電体ウルツ鉱は、現代のマイクロエレクトロニクスのスイッチング材料として非常に魅力的な新しい結晶の族である。これらの材料の化学的性質は、今日の半導体基盤技術によく適合している。Calderonたちは一連の特性評価手段を用いて、アルミニウム、ホウ素、窒素から構成される代表的なウルツ鉱がどのように分極スイッチングを受けるかを正確に決定した。このプロセスをより詳細に理解することは、これらの材料がスイッチする電場を下げるために不可欠である。その理由はスイッチ電場が、材料を応用に用いる際の制限要因であるためである。(KU,nk,kh)

Science, adh7670, this issue p. 1034

腸内毒素症が腸のTr17細胞を腫瘍へと向け変える (Dysbiosis redirects gut Tr17 cells to tumors)

ガン治療のための免疫チェックポイント阻害療法は、抗生物質が投与されてその後治療開始前に中断される時には、有効性が減少していることがある。Fidelleたちは、抗生物質投与中断で立ち直った細菌が治療応答に影響を及ぼすかどうかを研究した(PrattおよびMilnerによる展望記事参照)。抗生物質で処置したマウスの腸に再び住みついたエンテロクロスター種はMAdCAM-1の発現を減少した。MAdCAM-1は、免疫抑制性のT細胞サブセット(Tr17 細胞)を腸内で保持するのを助けるインテグリンα4β7のリガンドである。エンテロクロスターによるMAdCAM-1発現の減少はTr17細胞を腫瘍や腫瘍流入リンパ節に移行させ、免疫チェックポイント阻害療法の効果を損ねることになる。免疫療法を受けているガン患者では、低濃度の血清可溶性MAdCAM-1が、腸内毒素症および腎臓、膀胱、肺ガンに対する不十分な臨床成績と相関していた。(hE,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 腸内毒素症:腸内細菌叢を構成する細菌種や細菌数が減少することにより,細菌叢の多様性が低下した状態を示す。
  • 免疫チェックポイント阻害療法:免疫チェックポイント阻害薬によって、がん細胞がリンパ球などの免疫細胞の攻撃を逃れる仕組みを解除する治療法。
  • MAdCAM-1(mucosal adressin cell adhesion molecule-1):腸管リンパ組織のHEV(high endothelial venule)に発現し、2つの免疫グロブリン(Ig)ドメインとムチンドメインを有する小分子である。リンパ球、とくにメモリーT細胞表面のインテグリンα4β7とIgドメインとが結合し、これらリンパ球の血液系からリンパへの移入に重要な役割を演じている。
Science, abo2296, this issue p. 1027; see also adi3357, p. 1011

タウリンで老化の速度を落とす (Slowing aging with taurine)

老化は細胞内小器官系から器官系におよぶ生理学的変化と関係しているが、これらの変化に対する分子基盤の理解にはいまだ至っていない。Singhたちはさまざまな動物を研究し、体を循環している準必須アミノ酸であるタウリンの量が年齢とともに低下することを見出した(McGaunnとBaurによる展望記事参照)。タウリンの補充は、DNA損傷の増加、テロメア伸長酵素の欠乏、ミトコンドリア機能の低下、細胞老化のような重要な老化マーカーの進行を遅くした。ヒトにおけるタウリンの減少は老化に伴う病気と関係し、タウリンとその代謝物質の濃度は運動することで増加した。タウリンの補充はマウスの寿命とサルの健康寿命を伸ばした。(MY)

Science, abn9257, this issue p. 1028; see also adi3025, p. 1010

レンズ効果でハッブル定数を測る (Lensing measures the Hubble constant)

ハッブル定数は宇宙の膨張率を測るものだが、さまざまな方法が一貫性のない値を与える。Kellyたちは、ある超新星の光が、前景の銀河団の重力レンズによって複数の像に分割されている様子を研究した。彼らは、複数の像の間の時間遅れの測定値と、銀河団の多重レンズ・モデルによる予測値を組み合わせた。この方法を用いて、著者らはハッブル定数をブラインド測定し、宇宙の距離梯子よりも宇宙マイクロ波背景から得られる値と一致することを発見した。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ブラインド測定(盲検法的測定):物理定数などを決定する時、多くの場合既に発表された値とかけ離れることがないようにバイアスが自然にかかってしまう。そのようなことがないようにデータにウェイトやラベルを排除した測定分析(参照:https://www.nature.com/articles/526187a)
  • 宇宙の距離梯子:宇宙に存在する天体の、地球からの距離の測定方法の総称。目的とする天体の距離に応じて、適切な方法を選択して使用する。
Science, abh1322, this issue p. 1029

ロックダウンによる解放 (Freed by lockdowns)

COVID-19パンデミックの初期の数ヶ月の間に行われた人間の移動を抑える政策は、人間の活動が動物の行動にどのような影響を与えるかを観察するための一種の自然実験を生み出した。Tuckerらは、43種2300頭の哺乳類個体のGPS追跡データを用いて、2020年春の哺乳類の移動パターンにおける前年と比較しての変化を実証付けた(St.ClairとRaymondによる展望記事参照)。厳格なロックダウン政策が行われていた地域では、ロックダウン期間中の動物の移動距離が長かった。人口の多い地域では、哺乳類の移動頻度は低く、パンデミック前よりも道路に近い場所に生息していた。これらの結果は、人間の活動が動物の移動をどのように制約しているか、また、その活動が停止すると何が起こるかを示している。(ST,kh)

Science, abo6649, this issue p. 1059; see also add9662, p. 1008

ディールス・アルダー反応に対する圧力のつぼ (Pressure points for Diels-Alder reactions)

ボール・ミルを使って固体状態で化学反応を行うことは、膨大な量の溶媒廃棄物を削減する可能性を秘めている。しかし、これらの反応のエネルギー流は、溶液相での反応よりも、良否を判断して最適化することがはるかに困難である。Zholdassovたちは変更を加えた原子間力顕微鏡を用いて、ボール・ミル中で、(反応に参加する)複数の分子を一緒に圧迫する力がディールス・アルダー反応による環化付加にどのように影響するのかを、より正確かつ制御されたやり方で研究した(Weissによる展望記事参照)。著者たちは、(分子に)静水圧が加わるよりも機械的歪みを経由する方が反応がはるかに加速されることを観察した。(MY,kh)

【訳注】
  • ディールス・アルダー反応:4炭素の共役ジエンに2炭素のアルケンが付加して不飽和6員環を形成する反応。
  • ボール・ミル:物体を粉砕する装置のひとつで、円筒形の胴体に粉砕したいものと一緒に金属球やセラミック球を入れて、胴体を回転させて粉砕する。
Science, adf5273, this issue p. 1053; see also adi3388, p. 1013

ENSOのコスト (The costs of ENSO)

エルニーニョ南方振動 (ENSO) は地球規模で気象に影響を及ぼし、その結果、多くの重要な社会経済的影響を及ぼす。人為的気候変動に起因するENSOに起こり得る変化は、各国の経済や世界経済にどのような影響を与えるであろうか? CallahanとMankinは、エルニーニョが持続的に経済成長を低下させ、温暖化を考慮に入れた場合でさえ、国家経済はエルニーニョに敏感であることを示している。ENSOの変動性の人為的増大により、将来の世界経済成長は低下するかもしれない。(Sk,kh)

Science, adf2983, this issue p. 1064