AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 14 2023, Vol.380

ホミノイド出現のための新たな生息環境? (A new habitat for hominoid emergence?)

ホミノイド(ヒト上科)の系統は中新世に大きな形態変化を起こし、強い後肢とより直立した姿勢を獲得した。これらの変化に関する有力な仮説は、それらが熱帯樹林の木々の枝の末端にある果実を採餌するための適応だったというものである。今回2つの論文が、そうではなくそのような変化が、季節によっては乾燥する疎林の葉を採餌するための適応によって引き起こされたのかもしれないと主張している。Peppeたちは、哺乳類化石の研究採掘場から得られた新たなデータを用いて、アフリカ東部におけるC4光合成経路を備えた植物が主体の植物生物群系の拡大が、以前の推定より1000万年以上早く生じたらしいことを見出した。MacLatchyたちは、この時代のこの地域における最初期の類人猿であるMorotopithecusの化石を調べ、水不足状態の植物を摂取していたことを示す同位体からの証拠、および現代類人猿と似た強い後肢を示す後頭部の形態を見出した。共にこれらの論文は、初期ホミノイドがこれまで信じられていたのに比べて, より乾燥しより変動の多い環境で出現したことを示唆している。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 中新世:約2300万年前から約500万年前の時代区分。
  • C4光合成:イネ科などの限られた植物が持ち、二酸化炭素の濃縮経路を持つ光合成経路のこと。通常の光合成機構(C3光合成)を持つ植物は、乾燥条件では水の蒸散を抑えるため気孔を閉じ光合成がなされないが、C4光合成機構を持つ植物はこの条件でも、乾燥度の低い夜間に濃縮した二酸化炭素によって光合成を行うことができる。
Science, abq2835, abq2834, this issue p. 172, p. 173

39,000年前の革細工 (Leatherworking 39,000 years ago)

ヒトは古代の大昔から動物の皮を加工してきたが、仕立てられた衣類の出現とそれらを作るために必要な道具については議論が続いている。Doyonたちは、スペインのCanyarsの後期旧石器時代前期の遺跡で見出された、平らな骨の表面に2つの別々の線に沿ってならぶ28の穿孔を持つ骨の人工遺物について記載している。穿孔がどのように行われたかを理解するために、彼らは似たような骨で実験を行い、そして柔らかくてしなやかな材料に尖頭石器を打石器で叩いて突き刺すと、人工遺物と似た印が残ることを見出した。著者たちは、この領域に目付きの針が見つからないことを根拠に骨が革を仕立てられた衣類に加工するためのパンチ・ボードとして機能したと推測した。(KU,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.adg0834 (2023).

黒色腫ワクチンとしての遺伝子操作された細菌 (Engineered bacteria as melanoma vaccine)

皮膚のマイクロバイオームは通常、炎症を誘発したり、感染を起こすことなく、我々の組織と調和して生きている。しかし、皮膚の細菌である表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)を含むある種の移住性細菌は、高度に特異的な適応免疫応答を誘発することがあるが、その機能は分かっていない。Chenたちは、黒色腫の腫瘍抗原を発現するよう表皮ブドウ球菌株を遺伝子操作し、次にその抗腫瘍免疫応答をもたらす能力を試験した (Sajjathたちによる展望記事参照)。遺伝子操作された表皮ブドウ球菌は腫瘍特異的T細胞を産生し、このT細胞は限局性で転移性の黒色腫に潜入してその増殖を抑制した。免疫チェックポイント阻害剤と組み合わせると、これらの遺伝子操作された皮膚細菌は、マウスに腫瘍定着を拒絶させた。これらの知見は、遺伝子操作された共生細菌から得られる免疫応答が、興味あるその他の腫瘍抗原に対する治療可能性をもつかもしれないことを示している。(hE,KU,nk,kh)

【訳注】
  • マイクロバイオーム:ヒトの体に共生する微生物(細菌、真菌、ウイルス)の総体をいう。
  • 適応免疫応答:獲得免疫とも呼ばれ、侵入してきた病原体を破壊するために機能し、これは免疫細胞の体に属する細胞と不必要な侵入者を区別する能力 (自己非自己の認識) に依存する。
Science, abp9563, this issue p. 203; see also adh3884, p. 132

位置天文学は画像検出を先導する (Astrometry guides imaging detection)

系外惑星の直接撮影は、それよりはるかに明るい主星のまぶしさのために困難な課題である。これまでの直接撮影では、少数の広い軌道上にある巨大ガス系外惑星しか検出できていない。星の位置を正確に測定する位置天文学は、近傍の惑星の重力によって引っ張られている星を特定できる可能性がある。Currieたちは、位置天文学の技術を用いて惑星を持つ星の候補を特定し、それを直接撮影した画像で調べた。彼らは、天体位置測定の信号を説明できる適切な特性を持つ天体を見出し、それを木星質量の約14倍の太陽系外惑星と解釈した。この検出は、位置天文学が直接画像化された太陽系外惑星の検出と特性付けにどのように役立つかを示している。(Wt,nk,kh)

Science, abo6192, this issue p. 198

一瞬で乾く (Dry in a flash)

これまで典型的な干ばつとされてきたゆっくりとした干ばつとは異なり、異常に急速に発生する「フラッシュ干ばつ」は、新たな常態となりつつあるのだろうか? Yuanたちは、1950年代以降、干ばつがより急速に激化し始め、世界の多くの地域でフラッシュ干ばつがより一般的になってきたことを示している(WalkerとVan Loonによる展望記事参照)。干ばつの監視や予測を難しくしているこの傾向は、人為的な気候変動による蒸発散量の増大や降水量の不足と関連しており、将来的にはすべての陸域に拡大すると予測されている。(Uc,nk)

Science, abn6301, this issue p. 187; see also adh3097, p. 130

均一な材料における非対称な応答 (Asymmetric responses in uniform materials)

もしある材料がどちらの方向にせん断されるとしても、一般に、その応答は似たようなものだろう。Wangたちは、揃えて傾斜させた酸化グラフェン薄板を(配向させて)大量に埋め込んだハイドロゲルを設計した (SunとKangによる展望記事参照)。この複合材料のせん断弾性率は、せん断方向に応じて大幅に異なる。せん断が酸化グラフェン薄板列に圧縮を生じる場合、それらは座屈する。しかしながら、逆方向にせん断されると、それらは伸ばされる。この非対称性は、対称振動を非対称運動に変換することを可能にする。これらの材料は、さまざまな形状と大きさのメタマテリアルを用いて、機械力を誘導、減衰、および制御するための門戸を開く。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ハイドロゲル:高分子の3次元網目構造が水を含んで膨潤した物質。
  • メタマテリアル:ここでは、単純に自然界に存在しない人工物質の意。
Science, adf1206, this issue p. 192; see also adh3098, p. 135

ヒト・ゲノム中の動的変化 (Dynamic changes in human genomes)

接合後変異はヒトの生涯を通して生じるが, それは子宮で始まる。その発生が広汎であるにもかかわらず、これらの変異の健康への影響は、ガン発生に関わるえり抜きの変異を除いて未だよく分かっていない。Rockweilerたちは、Genotype-Tissue Expression(GTEx) プロジェクトにおける984人の提供者から得られたさまざまな臓器部位の接合後変異を分析して、各組織におけるこれらの変異図譜を作成し、次いで幾つかの公開されたデータ群を用いてこれらの結果を検証した。著者たちはまた、生涯過程の間のさまざまな臓器における接合後変異の進展を再構成し、ヒトの健康に特に有害な影響を与える変異を明らかにした。(MY,kh)

【訳注】
  • Genotype-Tissue Expression(GTEx) プロジェクト:2010年に米国立衛生研究所により立ち上げられたプロジェクト。北米および欧州の複数の研究機関からなる国際コンソーシアムによる、ヒトの体組織ごと、遺伝子型ごとの遺伝子発現を網羅的に調べるプロジェクト。
Science, abn7113, this issue p. 171

抗凝固のためのクマの必需品 (The bear necessities for anticoagulation)

人が病気やけがによって深刻な不動状態を経験すると、潜在的に致死的な静脈血栓塞栓症のリスクが高まる。対照的に、冬眠中のクマは、そのような複雑な事態を経験することなく、毎年何ヶ月も動かないままである。同様に、脊髄損傷で慢性的に動けなくなった患者は、血栓症のリスクが高くはならない。慢性的な不動状態を経験している人、長期のベッドでの静養状態にある健常人、および活動と冬眠の期間中の放し飼いのヒグマからの血液を調べることで、Thienelたちは、長期の不動期間中に下方制御され、そして血栓症を防ぐ特定のタンパク質を同定した (Schattnerによる展望記事参照)。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 静脈血栓塞栓症:静脈に血栓ができて静脈が閉塞し炎症する症状で、飛行機内などで、長時間同じ姿勢を取り続けて発症することが知られており、エコノミークラス症候群とも呼ばれることがある。
Science, abo5044, this issue p. 178; see also adh3276, p. 133

キャリア抽出の為の表面電場 (Surface field for carrier extraction)

光検出素子のキャリア抽出効率は、表面再結合によって著しく妨げられている。表面電場によって表面再結合を効果的に低減できることが過去に示されていた。しかしながら、表面電場とキャリア抽出の相互作用に関する知見は未だ限られている。Zhangらは、ヘインズ-ショックレー方法に似た実験を行うことでキャリア抽出過程における表面電場の役割を明らかにした。筆者らはまた、仕事関数を調節可能な酸化インジウムスズを界面に導入して表面電場を最適化することで、ほぼ100%に近い量子効率を達成した。これらの知見は、高効率薄膜光電子工学素子の開発に有用となる可能性があるのかもしれない。(NK,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.adg2454 (2023).