AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 9 2022, Vol.377

魚に関係する魚臭いこと (Fishy business)

トゲウオ科の魚イトヨは名目上海生種であるが、更新世氷河の後退後、広く淡水湖に定着した。Weberたちは、生じた多様なイトヨ集団を利用して、動物における免疫応答対価に関する考えを試験した。著者たちは、野生種および実験室で生まれた交配種を組み合わせて、湖には、寄生虫である条虫に対して、免疫応答性が異なるものやさまざまな感受性を持つものが含まれることを見出した。腹膜線維化により判定されるような最も強い免疫応答を備えているものは、繁殖力の著しい低下を示した。免疫応答に関連する遺伝子座は、耐性を獲得する集団と高感受性のままの集団の間で反対となる淘汰の証拠を示している。これらの分岐を引き起こしてきた生態条件は未確認のままであるが、関与する遺伝子に対する知識は、他の種における免疫対価を調べる方法を確かに示すものである。(MY,kj,nk,kh)

Science, abo3411, this issue, p. 1206

銅酸化物の親状態を理解する (Understanding the cuprate parent state)

クプラート(銅酸化物 )超伝導体のような強い電子相関を持つ物質の性質を第一原理から計算することは、たいへん挑戦的な課題である。Cuiたちは、量子埋め込み法、第一原理量子ソルバー、周期的量子化学を組み合わせた方法を開発した。彼らはこの方法を用いて、水銀系クプラート超伝導体の親化合物の物質組成とその磁気特性との因果関係を確立した。この取り組みは、親物質が超伝導を引き起こすようドープされるような、より困難な場合にも良い結果を生む可能性がある。(Wt)

Science, abm2295, this issue p. 1192

ナノワイヤ探針が磁性を探る (Nanowire tip probes magnetism)

6ホウ化サマリウム (SmB6) 材料は、強い電子相関を特徴とするトポロジカル絶縁体であると予測されてきた。トポロジカル絶縁体は、いわゆるスピン-運動量ロッキングを示し、スピントロニクス応用分野で用いられてきた。Aishwaryaたちは、これらの特性を利用して、走査型トンネル顕微鏡(STM)の探針を通じたスピン-偏極トンネリングを実現した。研究者たちは、SmB6ナノワイヤを整形されたタングステンの探針に取り付けた。次に、この複合探針を用いて、Fe1+xTe 材料の磁気状態を画像化した。従来のスピン分極STM とは異なり、著者たちの構成は外部磁場の適用を必要としないため、侵襲性の低い探針法になる。(Sk)

【訳注】
  • トポロジカル絶縁体:物質内部(バルク)では絶縁体であるのに、その「エッジ」(2次元系なら端、3次元系なら表面)にスピン偏極した金属状態が生じている物質。
  • スピン-運動量ロッキング:トポロジカル絶縁体の表面において、電子スピンの方向が電子の運動方向に依存して決まる現象。
  • スピントロニクス:固体中の電子が持つ電荷とスピンの両方を工学的に利用、応用する分野。
  • スピン-偏極トンネリング:2枚の強磁性材料電極を薄い絶縁層を挟んでトンネル接合した場合、層に垂直方向の 電気伝導が、両強磁性層の磁化が平行か反平行かで大きく異なる現象。
Science, abj8765, this issue, p. 1218

動物相の分岐点 (A faunal tipping point)

エルニーニョ現象は、暖かな海表面水が栄養豊富なより温度の低い海水の正常な湧昇を妨げるときに、東太平洋で生じる。この現象は予測不能であるが、おそらく気候変動のために頻度と強さが増しつつあり、海洋と陸上の環境、海流、そして気候に対して影響を及ぼす。Broughtonたちは、バハ・カリフォルニアの沿岸地から得られた12,000年間の記録を眺め、これらの化石記録の変化により評価されるエルニーニョ現象の影響を調べた(SandweissとMaaschによる展望記事参照)。彼らは、エルニーニョ現象が1世紀に5回以上起きた期間には海洋の動物相が減少する一方で、陸上の多様性が増大したことを見出したが、これは海洋および陸上の動物群集にとっての分岐点を示している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • バハ・カリフォルニア:メキシコ西部の地域で、カリフォルニア半島が面積の大部分を占める。
Science, abm1033, this issue p. 1202; see also add8890, p. 1153

コバルトから圧力を取り除く (Taking pressure off cobalt)

ヒドロホルミル化は、オレフィン、水素、および一酸化炭素からアルデヒドを大量生産する化学的方法である。コバルト・カルボニル錯体が当初の触媒として用いられ、多くの場合、それらの錯体はロジウムに取って代わられてきたが、それらは今なお長鎖オレフィン用には用いられている。しかし、一般的に高圧力の一酸化炭素が加えられているが、それは、そうしなければコバルトがクラスター化することで不活性化してしまうとの仮定に基づいている。Zhangたちは、反応速度論的および分光学的な研究を実施し、コバルト・カルボニル触媒が、これまで考えられていたよりも低い圧力の一酸化炭素で安定であると報告している。さらに、最近報告されたホスフィンで安定化されたコバルト触媒は、再現できなかった。(MY,kh)

Science, abm4465, this issue p. 1223

リチウムがヨウ素イオンと戦うのを回避する (Avoiding lithium to fight iodide)

リチウムがドープされた有機正孔輸送層(HTL)は、ペロブスカイト太陽電池における効率的な電荷の抽出を可能にするが、また劣化も促進する。それは、リチウム・イオンが水を吸着し、形成される正荷電ラジカルがペロブスカイト層からのヨウ素アニオンの移動を促進しうるためである。Wangたちは、イオン交換過程を通じて正荷電重合体ラジカルと分子アニオンを結合する有機HTLを開発した。もたらされた高導電性HTLは、一般的に用いられているリチウム・ドープHTLと比べて、ペロブスカイトとのエネルギー準位の整合を改善した。ヨウ素イオンの移動に関する熱的化学的な高安定性により、85°C1000時間で23.9%の電力変換効率を92%維持する安定なペロブスカイト太陽電池が得られた。(MY,kj,kh)

Science, abq6235, this issue p. 1227

脳における未知の領域 (Uncharted territory in the brain)

ヒトの脳の隆起と溝(”脳溝”)は、何世紀にもわたって研究されてきた。しかしながら、Willbrandたちは、小さな溝である縁下溝(inframarginal sulcus:ifrms)が、今まで気付かれていなかった脳の特徴であると報告している。著者たちは、最初に手動でin vivoの脳で高解像度の神経図化を用いてifrmsを同定し、次にex vivoで同じことを行った。ifrmsは、年齢に関係なくすべてのヒト試料中に存在していたが、チンパンジーの脳の約半分にしか存在していなかった。個々のヒト脳におけるifrmの位置を深層学習法で自動的に突き止めることができた。機能的に、ifrmsはヒトにおける認知制御ネットワークに対する目印になるかもしれない。(KU,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn9516 (2022).

後遺症を比較する (Comparing lingering symptoms)

新型コロナ後遺症の出現は、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)への関心を高めた。この症候群は、しばしば感染症の後に発症し、そして新型コロナ後遺症と多くの類似点を持つ状態である。Marshall-GradisnikとEaton-Finchは展望記事の中で、ME/CFSに関する広範な研究から何を学ぶことができるかについて議論している。著者たちは、ME/CFSに関連する雑多な症状を説明するために提案された仮説(これは、新型コロナ後遺症にも当てはまる可能性がある)の意義を強調している。彼らはまた、明確な診断基準と生体指標、動物モデル、包括的な臨床試験など、研究を前進させるために何が必要とされるかについて考察している。ME/CFSから学んだ教訓を適用することが、新型コロナ後遺症の研究を改善し、いずれかの状態を持つ患者のためになるかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, abo1261, this issue p. 1150

食料が原因の森林喪失 (Forest loss for food)

農業の拡大は、熱帯地域における森林喪失の主要要因として認識されている。しかしながら、農業と熱帯林破壊との関連性に関する正確なデータは不足している。Pendrillたちは従来研究とデータセットを統合し、2011年から2015年までの熱帯林破壊が農業にどの程度関連しているかを定量化した。著者たちは、森林破壊された土地の少なくとも90%が、農業が森林の損失を引き起こした地勢で発生したと推定したが、生産力のある農地に転換されたのは約半分に過ぎなかった。データの有効性や傾向は地域によって異なり、これは農業と森林喪失の間の複雑な関係を示唆している。(Uc,kj,kh)

Science, abm9267, this issue p. 1168

ヌクレオソームを通る道 (A passage through nucleosomes)

真核細胞の核の中では、ゲノムDNAがヒストンタンパク質の周囲に巻きついてヌクレオソームを形成し、これがひもでつながったビーズのようなクロマチンの基本構造単位となっている。ヌクレオソームは、RNAポリメラーゼIIがDNAの転写を行うときの物理的障害となるのであるが、とにかく、ポリメラーゼはクロマチン構造を維持したまま、ヌクレオソームを通過していく。Eharaたちは、低温電子顕微鏡を用いて、ポリメラーゼがヌクレオソームを通過するときの構造を連続撮影した。彼らは、ポリメラーゼが複数の転写伸長因子を結合して巨大な転写伸長複合体になり、この複合体がその下流(これから転写するDNA)にあるヌクレオソームの解体と、ポリメラーゼの背後(上流)におけるヒストンシャペロンFACTの助けによるその後のヌクレオソームの再形成を仲介をすることを見出した。(hE,kh)

Science, abp9466, this issue p. 1169

ネアンデルタール人の脳の発達 (Neanderthal brain development)

ネアンデルタール人の脳は、現生人類の脳と大きさは同じくらいだが、形が異なっていた。大脳新皮質などの脳層の機能と構造において、ネアンデルタール人の脳がどのように異なっていたかは、化石からでは分からない。今回、Pinsonたちは、トランスケトラーゼ様タンパク質1(TKTL1)のアミノ酸1個の変化が、新皮質の大部分を生成する主力細胞である基底放射状グリアの生成に及ぼす影響を解析した(MalgrangeとNguyenによる展望参照)。現生人類は、このたった1つのアミノ酸の変化により、類人猿やネアンデルタール人と異なっている。オルガノイドに入れたり、ヒト以外の脳で過剰発現させると、現生人類のTKTL1の変異型は、古代人類であるネアンデルタール人の変異型よりも神経前駆細胞の発生を促進した。著者たちは、現生人類はネアンデルタール人よりも共同して機能する多くの新皮質を持っている可能性を示唆している。(ST,kh)

Science, abl6422, this issue p. 1170; see also ade4388, p. 1155

酔いが回りつつある (Getting tipsy)

気候の転換点とは、それを超えると気候系の一部の変化が永続的になる状態である。これらの変化は、人類に対する深刻な結果を伴う突然の不可逆的で危険な影響につながるかもしれない。Armstrong McKayたちは、気温の閾値、時間尺度、および影響を含む、最も重要な気候の転換要素と可能性のある転換点の最新の評価を提示している。彼らの分析は、我々がすでに超えてしまった閾値である1℃の地球温暖化でさえ、いくつかの転換点の引き金を引くことにより我々を危険にさらすことを示している。この知見は、さらなる温暖化を可能な限り制限することに対する説得力のある理由を提供している。(Sk,kh)

Science, abn7950, this issue p. 1171

ロバのアフリカ起源 (Donkeys’ African origins)

ロバは何千年もの間、人間にとって重要であり、多くの文化における主要な労働や輸送の源となってきた。馬とは異なり、ロバの起源と家畜化についてはほとんど知られていなかった。Toddたちは、現代および古代のロバのゲノムを配列決定し、7000年以上前の東アフリカ起源と、それに続くアフリカとユーラシアでの系統の分離と分岐の証拠を見出した。著者たちはまた、グループ間の相違に砂漠化の跡があることと、大型化への選択と同系交配の実践を含む、ロバの繁殖と飼育に関する詳細を明らかにしている。(Sk,kj,kh)

Science, abo3503, this issue p. 1172

エキゾチック状態を測る (Probing an exotic state)

分数量子ホール(FQH)状態の特性は、エッジ状態の熱伝導の測定で決定できる。このような測定により、非アーベル準粒子を蓄えていると考えられているよく知られた5/2占有FQH状態は、いわゆる粒子-正孔パフィアン・トポロジカル秩序で特徴づけられると示唆されてきた。しかし、エッジ・モードが熱平衡でなかった可能性により、別の解釈の余地が残された。Duttaたちはこのあいまいさを避けるために、5/2分数状態と整数量子ホール状態を接合することで、1/2荷電モードと中性エッジ・モードのみからなる独立したエッジを創りだした。この独立状態の熱伝導測定により、5/2状態の粒子-正孔パフィアン特徴が再確認された。(NK,kh)

Science, abm6571, this issue p. 1198

前立腺ガンの可塑性を理解する (Understanding prostate cancer plasticity)

細胞の可塑性とは、細胞がその自己同一性を変え、新しい生物学的特性を獲得する能力である。ガンでの状況では、可塑性は特定の腫瘍がいかに進化し治療に耐性を持つようになるかを説明するかもしれない。Chanたちは、後期前立腺ガンにおける系統可塑性の根底にある分子機構を調査した。ヒト組織培養法を含むいくつかのモデル系を用いて、ヤヌスキナーゼ–シグナル伝達兼転写活性化因子(JAK/STAT)シグナル伝達と線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)シグナル伝達の活性化が前立腺腫瘍の可塑性を促進することがわかった。JAKとFGFR経路の薬理学的標的化は、去勢抵抗性前立腺ガン患者からの生検試料で系統の系統内再プログラミングを促進した。これらの知見は、前立腺ガンの進行を抑制し、効果的な治療法に対する耐性腫瘍を再感作するのに役立つ可能性がある洞察を提供する。(Sh,kj)

【訳注】
  • ガン系統:ガンが増殖するにつれて細胞に変異が生じ、遺伝学的に異なる細胞の集団が現れる。これらの分岐を進化系統樹になぞらえてガン系統と言う。
  • JAK/STATシグナル伝達経路:免疫、増殖、分化、アポトーシス、発ガンなどに関わり、細胞外からの化学シグナルを、細胞核に伝え、DNAの転写と発現を起こす情報伝達系で、細胞表面の受容体、細胞内酵素であるヤヌスキナーゼ、シグナル伝達兼転写活性化因子タンパク質の流れで情報が伝達される。
  • 去勢抵抗性前立腺ガン:男性ホルモンを抑える治療を行っているにもかかわらず進行する前立腺ガン。
Science, abn0478, this issue p. 1180

岩石質の系外惑星と水に富む系外惑星とを分離する (Separating rocky from watery exoplanets)

小さなトランジット(恒星面通過)型系外惑星の半径は二峰性の分布をしており、通常、厚い大気を持つ惑星と持たない惑星として解釈される。LuqueとPalléは、少なくとも赤色矮星の周りを回る系外惑星については、惑星の密度(質量と半径の両方を測定する必要がある)により、半径だけよりもきれいに集団間の分離ができることを実証している(Teske による展望記事参照)。彼らは、ひとつのグループは純粋に岩石質の組成と一致するのに対し、別のグループは50%が岩石、50%が水のモデルに一致することを見出した。このように岩石質の惑星と水に富む惑星に分かれるのは、惑星軌道の移動の前に、それらが惑星系のどこで形成されたのかを反映しているかもしれない。(Wt,MY,kj)

Science, abl7164, this issue p. 1211; see also add7175, p. 1156

メタ表面への更なるねじれ (Another twist for metasurfaces)

メタ表面は、特別に設計された誘電体要素の配列であり、バルクの光学要素の機能を薄膜に変換する。Zhangたちは、光の高効率捕捉用に連続体中のバルク状態の物理的性質を利用して、円偏光光源として機能するメタ表面を実証している(Forbesによる展望記事参照)。著者たちは発光分子をドープした誘電体メタ表面を用いて、円偏光発光とレーザー発振を生成することができた。この方法は、集積光素子の開発に役立つだろう。(KU,MY,kj,kh)

Science, abq7870, this issue p. 1215; see also add5065, p. 1152