AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 27 2020, Vol.367

結局、大したことではない (Not a big deal after all)

火山噴火は、エルニーニョつまり南方振動(ENSO)の変動性に影響するのだろうか? モデルは、大規模噴火に起因する硫酸塩微粒子が熱帯太平洋でエルニーニョ様の応答を引き起こすかもしれないことを示しているが、観測ではそのような挙動の証拠は示されてこなかった。 Dee たちは、中央熱帯太平洋の化石サンゴの酸素同位体の時系列を提示し、過去1000年間の大規模な火山噴火に対するENSOの応答を調査している。彼らは、噴火の翌年にエルニーニョ様の応答のかすかな傾向を見出したが、統計的に有意なものではなかった。これらの結果は、大規模な火山事象が過去1000年にわたってENSOの検出可能な応答を引き起こしておらず、それらの影響が自然変動の程度に比べて小さいことを示唆している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1477

干ばつによる果実の脱離 (Fruit abscission in response to drought)

干ばつに直面した植物、あるいは全く水が足りていない植物は、未熟なまま果実を落とす可能性が高い。 Reichardt たちは、植物細胞の成長を調節する能力があることで以前から知られていた小さなシグナル伝達ペプチドホルモンであるフィトスルホカインが果実の脱離も引き起こすことを発見した。サブチリシン様タンパク質分解酵素で処理されて活性化されたフィトスルホカインは、離層帯の細胞壁を分解する加水分解酵素の発現を促進し、落果をもたらす。(ST,ok,kh)

Science, this issue p. 1482

X線のデータは暗黒物質の崩壊に拘束をかける (X-ray data constrain dark matter decay)

暗黒物質は、これまで知られていなかった形態の亜原子粒子で構成されている可能性がある。未同定の天文学的X線輝線は、暗黒物質粒子の崩壊が原因であると解釈されてきた。これが正しければ、天の川銀河のハローにある暗黒物質は、全天にかすかな輝線を生ずるはずである。 Dessert たちは、XMM-Newton(X-ray Multi-Mirror Mission)宇宙望遠鏡による観測を用いて、この仮説を検証した。なにもない天空の領域に対し、総露光時間が約1年におよぶ分析を行ったところ、予測された輝線の証拠は見つからなかった。そして、これまでに提案された暗黒物質の解釈を排除するような、減衰率の上限が設定された。(Wt,MY)

Science, this issue p. 1465

新型コロナウイルスはどのようにしてヒト細胞に結合するのか (How SARS-CoV-2 binds to human cells)

科学者たちは、世界的流行疾患COVID-19の病原である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(新型コロナウイルス:SARS-CoV-2)の秘密を競い合って知ろうとしている。ウイルス侵入の最初の段階は、ウイルスが持つ三量体スパイク・タンパク質のヒト受容体であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)への結合である。 Yan たちは、ヒトACE2とこれがシャペロンとして機能するB0AT1と呼ばれる膜タンパク質との複合体中におけるヒトACE2の構造を提示している。ACE2は、この複合体の状態においては二量体である。さらなる構造は、SARS-CoV-2の受容体結合ドメインがどのようにACE2と相互作用するのかを示しており、2つの三量体スパイク・タンパク質がACE2二量体に結合する可能性があることを示唆している。この構造は、この極めて重要な相互作用を狙った治療法を開発する基礎を提供する。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • シャペロン:他のタンパク質分子が正しく折り畳まれて機能を獲得することを助け、またそのタンパク質の品質管理(複合体形成、輸送など)を担うタンパク質。
  • B0AT1:中性アミノ酸を細胞外から細胞内に取り込む機能を持つ膜タンパク質。
Science, this issue p. 1444

変換をとらえる (Capturing the transformation)

量子の世界では、個々の粒子の挙動は量子統計に従っている。すなわち、ボソンは集合する性向を、フェルミオンは互いに反発する性向を示す。しかし、強い相互作用は、一連のボソンにフェルミオン風のふるまいをもたらしうる。このいわゆるフェルミオン化現象は、これまで平衡状態で研究されてきた。 Wlison たちはその代わりに、強く相互作用するボソンのルビジウム原子の管からなる非平衡系での動的フェルミオン化に着目した。彼らは、管を軸方向に膨張させた後、原子の運動量分布を測定し、ボソン的からフェルミオン的へと徐々に変化することを見出した(NK,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ボソン:スピンの値が1、2、3、…と整数の値をとり、1つの量子状態に任意の数の粒子が存在できる性質を持つ。
  • フェルミオン:スピンの値が1/2、3/2、5/2、…と半整数の値をとり、1つの量子状態に複数の粒子は存在できないという性質を持つ。
Science, this issue p. 1461

ガラス状の金属有機構造体 (Glassy metal-organic frameworks)

金属有機構造体を構成する結節点を配位子が架橋する構造は、溶融物から急冷された分子ガラスの詳細な構造研究を可能にするかもしれない。亜鉛系のゼオライト様イミダゾール金属有機構造体は、通常の冷却速度でガラスを形成する強い傾向を示す。 Madse たちは超強磁場(19.5テスラと35.2テスラ)を使って、イミダゾールとベンズイミダゾールの配位子架橋の比が異なる3つの試料に対し、亜鉛67の固体核磁気共鳴測定をマジック角回転で実施した。亜鉛結節点の周りの四面体形配位子環境の構造不規則性は、元の結晶よりもガラス状態のほうが高かった。(MY,ok,nk,kj)

【訳注】
  • 金属有機構造体:さまざまな金属イオンとそれらを連結する架橋性の有機配位子を組み合わせることで組み立てられる内部に細孔を持つ結晶性の高分子構造体。
  • マジック角回転:固体粉末試料の核磁気共鳴スペクトルは、共鳴線の重なり合いで低解像化する。これを打開するよう、静磁場の方向に対して3cos2θ−1=0 を満足する54.74°(マジック角)だけ傾いた軸のまわりで試料を回転させることで、スペクトルを高分解能化させる方法。
Science, this issue p. 1473

転移は翻訳の問題? (Metastasis: A matter of translation?)

固形腫瘍は少数のガン細胞を血流中に流し、その幾つかは転移の一因になると信じられている。これらの循環腫瘍細胞(CTC)に転移能力を与える分子学的特性はほとんど分かっていない。 Ebright たちは、乳ガン患者から得られたCTCを研究し、あるリボソーム・タンパク質と翻訳調節因子の発現レベルが高い細胞が、マウス・モデルで転移能力がより高いことを見出した(Ma と Jeffrey による展望記事参照)。この結果と整合して、このCTC集団の濃度が高い患者ほど、予後が悪くなる傾向にあった。(MY,kh)

【訳注】
  • 固形腫瘍:皮膚や臓器に癒着してに塊を作る腫瘍。
  • 転写調節因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、あるいは抑制するタンパク質。
Science, this issue p. 1468; see also p. 1424

神経変性を打ち負かす (Knocking down neurodegeneration)

アンチセンス・オリゴヌクレオチド(ASO)は、RNAを標的にして、その遺伝情報をコードしたタンパク質の産生を防ぐ。 そのため、この治療法は病原性タンパク質の発現を抑制するために使うことができる。 Leavitt と Tabrizi は展望記事で、ハンチントン病患者でのASOの開発と試験の進捗状況について論じている。 彼らはまた、アルツハイマー病とパーキンソン病を含む他の神経変性疾患へ適用可能なASOの開発について論じている。 これらの薬物は、神経疾患の治療にも、ガンなどの非神経疾患の治療にも有望な治療法である。(Sh,MY,kj)

【訳注】
  • アンチセンス:タンパクを合成するmRNAの塩基配列であるセンス配列に対し相補的な塩基配列。
  • オリゴヌクレオチド:20塩基対以下の長さの短いヌクレオチド(DNAまたはRNA)。
Science, this issue p. 1428

現代の不平等の深淵なる起源 (Deep origins of modern inequality)

方法論の革新は、科学者たちに遠い過去における事象がどのように現代の生活に影響を及ぼすのかの研究を可能にさせつつある。 Nunn は、歴史、進歩、文化が交差するところで、経済開発のための文化的発展を分かろうとする最近の研究を概説している。根強く残る世界的な不平等が、これらの動態の相互作用を実証する事例研究として用いられている。将来の研究領域と政策への掛かり合いが論じられている。(Uc,MY,ok)

Science, this issue p. eaaz9986

もしかしたらマヨラナを見たかもしれない (A possible Majorana sighting)

トポロジカル超伝導体中で生じることが予測されている、エキゾチック準粒子であるマヨラナ・ゼロモードは、トポロジカル量子計算の構成要素として有望である。マヨナラの物理的な具体化に対する2つの最有力候補に、ハイブリッド半導体-超伝導体ナノワイヤと、超伝導体と接触するトポロジカル絶縁体がある。 Vaitikenas たちは、両方の要素を組み合わせた実験基盤を導入したが、それは超伝導体で完全に包まれた半導体ナノワイヤから構成される。彼らは、理論計算と実験を組み合わせることで、この系でのマヨラナ・ゼロモードの出現と整合する証拠を示している。(Wt,MY,kj,kh)

【訳注】
  • マヨラナ・ゼロモード:粒子と反粒子が同一の中性で質量がゼロであるフェルミ粒子。半導体ナノワイヤと超伝導体を近接させるとナノワイヤの先端にこの粒子が出現すると予測されている。
Science, this issue p. eaav3392

海の果実 (Fruits of the sea)

ヒトによる海洋資源消費の起源については、多くの議論がなされてきた。 Zilhaoet たちは、大西洋イベリアの沿岸環境において中期旧石器時代のネアンデルタール人が、南アフリカの中石器時代に伴う、現生人類(ホモ・サピエンス)と同等の規模で海洋資源を利用したという証拠を提示している(Will による展望記事参照)。ポルトガル大西洋岸のフィゲイラ・ブラバ(Figueira Brava)遺跡の発掘調査は、陸生の食物類と同様に、軟体動物、カニ、魚の化石が豊富な貝塚を明らかにしている。このため海とその資源の熟知は、中期旧石器時代にそこに住んでいた居住者にとって当たり前のことであったのかもしれない。フィゲイラ・ブラバのネアンデルタール人はまた、完新世時代のイベリアで以前に特定されたのと同じような方法でストーン・パイン・ナッツを利用していた。これらの知見は、旧石器時代のヒトの生存における水生資源の役割に関する我々の理解に更なる深みを追加するものである。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • ストーン・パイン・ナッツ:イタリアカナマツ(学名Pinus pinea、英名Itarian stone pine)の松の実。
Science, this issue p. eaaz7943; see also p. 1422

造血における発展動態 (Evolutionary dynamics in hematopoiesis)

細胞は加齢とともに変異を蓄積し、これらの変異はガンなどの疾患の原因となることがある。変異を含む細胞が、体内でどのように発展し、維持され、増殖するかは、あまり解明されていない。定量的枠組みを用いて、Watson たちは集団遺伝理論を適用し、約50,000人の健常人から得られた配列決定データから血中の細胞における変異蓄積を推定した(Curtis による展望記事参照)。変異が血球集団間でどのように異なっているか(クローン性造血として知られる現象)を評価することにより、彼らは反復変異がどのようにして特定のクローン系統を或る個人内に高頻度にもたらしうるかを観察することができた。特定の変異、その内の幾つかは白血病に関連する、が高頻度に上昇する危険性は、それ故に、細胞淘汰と変異発生年齢の関数であるかも知れない。(KU,kh)

Science, this issue p. 1449; see also p. 1426

強靭な超伝導体 (A resilient superconductor)

超伝導は、通常、材料を超伝導にする電子対を破壊する傾向にある磁場の存在下ではうまくいかない。しかしながら、最近発見されたイジング超伝導体のようないくつかの材料は、非常に高い磁場でもその特性を保持している。イジング対形成は、二硫化モリブデンなどの遷移金属二カルコゲナイドで発見されており、反転対称性の破れを必要とした。 Falson たちは今回、 別の二次元材料である数層のスタネンにおいて、面内磁場に対する同様の抵抗力を見出した。スタネンのバンド構造とこの系の反転対称性の破れの欠如は、今のところII型のイジング対形成と呼ばれている、この特性を説明するための全く別の理論モデルを必要とした。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • イジング超伝導:特殊な自由度を持つスピン偏極した電子同士の間でクーパー対が形成される超伝導。
  • スタネン:グラフェンの炭素原子をスズ原子で置き換えたグラフェン状物質。
Science, this issue p. 1454

単一イオンによる精密分光法 (Precision spectroscopy with single ions)

分光法は、広範囲の環境で使用される化学種を特定できる強力な手段である。通常、その試料は集合体で形成されており、これにより、さまざまな化学種を検出あるいは同定するための分解能が制限されることがある。 Chou たちは、捕捉単一イオン対(Ca+ とCaH+ )による光周波数コム技術を実証して、捕捉単一イオンCaH+ の回転スペクトルを取得している。イオン同士が分離し集合体の相互作用が除かれると、捕捉された分子イオンの回転構造を高精度で取得することが可能になる。捕捉と操作の手順は一般的であるため、この手法は特定の目的に対して多くの化学種に適用することができるだろう。(KU,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 周波数コム:スペクトルが離散的で等間隔に並んだ周波数線からなるレーザー光源。
Science, this issue p. 1458

深層の循環を混乱させる (Disrupting deep circulation)

大西洋子午面循環(AMOC)とそれに関連する北大西洋深層水(NADW)過程は、温暖な間氷期の間は安定していると考えられてきた。 Galaasen たちは、過去50万年にわたるNADWの減少事象が、実際には比較的ありふれていて、時には長く続く間氷期の特徴であり、それらは通常その原因であると考えられている壊滅的な淡水の決壊洪水とは無関係に発生するかもしれないことを報告している(Stocker による展望記事参照)。この発見は、将来のより温暖な気候においては、大規模なNADWの混乱が起こる可能性が、私たちが想定してきたよりも高いかもしれないことを示唆している。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 北大西洋深層水:メキシコ湾流はグリーンランド沖で冷却によって重くなり沈降した後(淡水が混じると軽くなって沈降しない)、深海底を通って1,200年後にで東太平洋に達し、表層に出る。
  • 壊滅的な淡水の決壊洪水:氷河の大規模崩壊によって起きると考えられている。
Science, this issue p. 1485; see also p. 1425