AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 1 2019, Vol.366

免疫系が負う麻疹の代償 (The toll of measles on the immune system)

麻疹ウイルスに起因する多くの死は二次感染によりもたらされ、それは麻疹ウイルスが免疫細胞に感染して免疫細胞の機能を弱めるためである。 麻疹の感染が免疫記憶に長期的な損傷をもたらすのかは、明確ではなかった。この疑問は、世界的な麻疹の流行が復活していることを考慮すると、益々重要になってきている。 Mina たちは、VirScanと呼ばれる血液検査を用いて、麻疹ウイルスへの自然感染前後の子供、および麻疹ワクチン接種前後の子供における抗体レパートリーを包括的に分析した。 彼らは、麻疹感染がそれ以前に獲得した免疫記憶を大幅に減らすことがあり、そのような子供を他の病原体からの感染の危険にさらす可能性があることを見出した。 免疫系に対するこれらの有害作用は、ワクチン接種された子供には見られなかった。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 599

細胞質における秩序 (Order in the cytoplasm)

アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の非常に大きな卵からの抽出物は、細胞分裂の研究にとって貴重なモデル系であることが知られている。 Cheng と Ferrell は、均質化後、そのような細胞質が細胞様構造に再編成され、複数回の細胞分裂を経ることができることを見い出した(Mitchison と Field による展望記事参照)。 この再編成は一見、F-アクチン、ミオシンII、さまざまな個々のキネシン、オーロラ・キナーゼA、或いはDNAなど、細胞分裂中にこのような構造変化に導くことが知られている通常の因子がなくても生じている。 必要なのは、アデノシン三リン酸からのエネルギー、微小管重合、細胞質ダイニン活性、および特定のキナーゼ関連の細胞周期進行である。 細胞の基本的な空間的組織化にとって、どうやら細胞質の非遺伝的情報で十分のようだ。(KU,MY,ok,kh,kj)

Science, this issue p. 631; see also p. 569

アフリカ豚コレラ・ウイルスの正体を明らかにする (Unveiling African swine fever virus)

アフリカ豚コレラ・ウイルス(ASFV)は伝染性が非常に強く、往々にして致死性である。 ワクチンや効果的な治療がないため、伝染はしばしばブタの大規模処分を必要とする。 Wang たちは最先端の低温顕微鏡測定技術を用いて、この非常に大きなDNAウイルスの構造を決定した。 8.8オングストロームの解像度での再構成は、このウイルスが5層であることを示し、4層目のカプシド層を4.8オングストロームの解像度で再構成できた。 この構造は、核原形質からなる他の大きなDNAウイルスからASFVを区別する主要カプシド・タンパク質中の抗原決定基を明らかにしており、微量カプシド・タンパク質がどのようにしてこのカプシドを安定にするのかを示している。(MY,kh)

【訳注】
  • カプシド:ウイルスのゲノム核酸を包んでいるタンパク質の外殻。
  • 核原形質:細胞核をつくる原形質のこと。 核膜、その内部の核液、核小体、染色体からなる。
Science, this issue p. 640

水素同位体のための量子ふるい (Quantum sieves for hydrogen isotopes)

重水素(D)からの水素の分離効率を改善する1つの方法は、ナノ多孔性の固体を用いた動力学的量子ふるいを利用することである。 この方法は、超微細な細孔径(約3オングストローム)を必要とするが、それは通常、小さな細孔容積と低いD2 吸着能力の原因となる。 Liu たちは有機合成を用いて、有機かご状分子の内部空洞の細孔の大きさを調整した。 混成型共結晶は、高い選択性を与える小さな孔のかご状構造と、高いD2 取り込みを可能にする大きな孔のかご状構造の両方を含んでいた。(Sk)

Science, this issue p. 613

ネアンデルタール人の象徴行動 (Symbolic behavior in Neanderthals)

新しい発見が、ネアンデルタール人の社会における象徴行動の稀な証拠をもたらし、またその記録をヨーロッパ中に、地理的時間的に更に拡大している。 Rodríguez-Hidalgo たちは、近年発掘され、その後イベリア半島沿いで見つかった、イベリアカタシロワシの指骨を分析し、ネアンデルタール人の社会がこれらの爪を象徴の目的で用いたと推定した。 ネアンデルタール人は、爪を取り出すためにこのタカの指骨を切り取った可能性が高く、おそらくはペンダントとして使用していた。 これらの発見は大型の猛禽類の爪が、中期旧石器時代の時期的範囲を通じて繰り返し出現することに関する問題を投げかけるものである。(Uc,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 象徴行動:象徴(金や銀が富を表すものとして認識されるように、ある社会の中でそれ自体から離れた意味合いで共通に認識されているモノやコトのこと)を利用して行われる行動。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax1984 (2019).

連星に隠れているブラックホール (A black hole hiding in a binary star)

物質がブラックホールに向かって落ちると、熱くなってX線を放射する。 ほとんどすべてのブラックホールはこのX線放射によって発見されている。 Thompson たちは、巨星からのドップラー偏移した光を観測した。 これは連星系の片割れのまわりを周回する軌道を示している。 伴星の重さは太陽質量の2.6倍以上あるに違いないが、X線を含めて光を放出していない。 これは、現在、物質を全然飲み込んでいないブラックホールの存在を示している。 同じように、これまでX線観測で見逃されてきた、多数の隠れたブラックホールが存在する可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 637

電極成長を制御する (Controlling electrode growth)

金属負極(アノード)を有する電池は、充放電の繰り返し中に樹状突起を成長させることがあり、それが、電池中に短絡回路を生じたり、後に充電容量を低下させたりする原因となり得る。 Zheng たちは、グラフェン被覆したステンレス鋼電極上に亜鉛を電着させる方法を開発し、亜鉛が、電極に平行な優先配向をする板を形成するようにした。 これは、ステンレス鋼上に、金属亜鉛の基底(002)面と結晶方位的に一致するよう意図されたグラフェン層を堆積することで実現され、格子歪みを最小限に抑える。 繰り返しの間に、亜鉛は樹状突起としてではなく板状に再堆積するだろうから、電池は数千回の充放電の繰り返しにわたって優れた可逆性を示す。(Sk,MY,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 645

血液に老化の秘密の徴候を探る (Cryptic signs of aging in our blood)

われわれのDNAでは、時間経過は味方ではない。 老化は正常な分裂細胞における体細胞変異の蓄積と関連するが、それにはすべての血液細胞を生じる造血幹細胞(HSC)も含まれる。 HSCの中には適応に有利な変異を与えるものもあり、それは変異血液細胞のクローン増殖をもたらすが、常ではないが、時にはガンの発生や他の加齢に伴う疾患の発生の前兆となることがある。 Jaiswa と Ebert は、「クローン造血」というこのプロセスを、それが生じる機構と人間の健康への影響に関する現状の知識を含めて概説している。(KU,ok,nk,kh,kj)

Science, this issue p. eaan4673

微生物を介した動物の社会的交流 (Animal sociability through microbes)

蓄積しつつある証拠によれば、動物の内外で生きている微生物叢が、これらの動物の社会的交流の構造において重要な機能を果たしていることが示唆される。 Sherwin たちは、どのようにしてこのような微生物叢が神経発生を促進し、社会的交流行動の準備調整を助け、ヒトを含むさまざまな動物種における情報伝達を容易にすることができたことを概説している。 微生物叢と動物の社会的交流との間の複雑な関係を理解することはまた、ヒトにおける社会との交流障害を治療する道を明らかにするかもしれない。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. eaar2016

自由超音速爆発を達成する (Achieving unconfined supersonic explosions)

超新星爆発および化学爆発の、あるいくつかの形態では、亜音速で移動する燃焼波(爆燃)が超音速衝撃によって駆動される燃焼波(爆轟)に自発的に発展して、大幅にその出力が増加する。 この爆燃から爆轟への遷移(DDT:deflagration-to-detonation transition)の機構はよくわかっていない。 Poludnenko たちは、DDTを記述する解析的なモデルを開発し、研究室実験と数値シミュレーションで試した。 彼らのモデルは、実験で見られた DDT を首尾よく再現し、Ia型超新星のDDTを予測した。 これは、観測からの制約と整合している。 同様の機構が、あらゆる自由爆発における DDT に適用できる可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. eaau7365

チョウのゲノムにおける遺伝子流動を追う (Following gene flow in butterfly genomes)

進化と種の放散における交雑の役割は、長い間議論されてきた。 ドクチョウ(Heliconius)属のチョウにおいて、遺伝子移入が彼らの放散の主な要因であり、遺伝子移入が種に与えた遺伝的多様性はゲノムのどこでも変化しやすい。 Edelman たちは新しい配列ベースの分析法を開発し、ドクチョウ属の20のゲノムを作成した(Rieseberg による展望記事参照)。 彼らはまた、不完全な系統振り分けに由来する遺伝的多様性と交雑を識別する手段を開発した。 このモデルを新たに作り出されたゲノムに適用することで、彼らは属の進化史、特に遺伝子移入の影響を調べた。(KU,MY,kh,kj)

Science, this issue p. 594; see also p. 570

イタコン酸塩は金属酵素を止める (Itaconate brings metalloenzyme to a halt)

制御されたラジカルは異常な酵素変換を可能にするが、ラジカルの生成と管理には特別な反応系を必要とする。 Ruetz たちは、免疫代謝産物のイタコン酸塩がこの特別で複雑な反応系をどのように損ない病原性結核菌(Mtb)の重要な代謝経路であるプロピオン酸塩代謝を阻害するかを研究した(Boal による展望記事参照)。 彼らは、イタコン酸塩の補酵素A(CoA)誘導体が、酵素メチルマロニル-CoAムターゼ(MCM)を不可逆的に抑制できることを見い出した。 それにはラジカル生成補助因子アデノシルコバラミン、即ち補酵素B12 を用いる。 イタコニル-CoAは、MCMによって触媒される正常なラジカル反応を脱線させ、結果として長寿命のビラジカル種を形成し、MCMは、触媒サイクルを完了することができず、また内在性補酵素 B12 再生機構による再使用ができなくなる。 イタコン酸はプロピオン酸でMtb増殖を遮断する。 従ってこの阻害機構は、マクロファージがどのようにしてMtb感染に抵抗するのかと関連している可能性がある。(KU,MY,kh,kj)

【訳注】
  • ムターゼ(mutase):官能基を分子内のある位置から別の位置への移動を触媒する酵素。
Science, this issue p. 589; see also p. 574

内側から徹底的に植物を保護する (Protecting plants from the inside out)

幾つかの土壌は、植物病原菌が原因の病気を抑制する著しい能力を示し、これは植物に生着した微生物叢に起因する能力である。 Carrión たちは、根の中に見出される密接な関係の微生物共同体である内部寄生菌の、菌類病抑制に果たす役割を調べた(Tringe による展望記事参照)。 植物枯れを起こす真菌であるRhizoctonia solani はテンサイに感染するが、感染するとすぐに、幾つかの内部寄生菌種が生合成遺伝子クラスターを活性化して、病気抑制を生じさせることを転写解析が示している。 これらの微生物は、真菌の細胞壁を消化できる酵素などの抗真菌エフェクターと、抗真菌性形質に寄与する可能性があるフェナジン、ポリケチド、シデロフォアなどの二次代謝物を産生する。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 遺伝子クラスター:ゲノム中のある部分に集中して存在し、機能を共有する一連のタンパク質群を発現する複数の遺伝子。
  • エフェクター:酵素などのタンパク質に選択的に結合して、その機能を促進または阻害する小分子。
Science, this issue p. 606; see also p. 568

睡眠中の流体力学 (Fluid dynamics during sleep)

ノンレム睡眠中、神経活動の低周波振動は、記憶の統合と神経計算を支援している。睡眠はまた、間質液量の増加と代謝老廃物の除去にも関連している。なぜこれらの過程が共起するのか、そしてそれらがどのように関連しているのかは知られていない。Fultz たちは、人間の脳の電気生理学的信号、血行力学的信号、および血流信号を同時に測定した(Grubb と Lauritzen による展望記事参照)。睡眠中に脳への液体流入の大きな振動が現れ、それが機能的磁気共鳴画像信号と密接に結びつき、そして脳波の遅い波に同調した。このように、ゆっくりと振動する神経活動は、血液量の振動を引き起こし、脳脊髄液を脳に出し入れしている。(Sk)

Science, this issue p. 628; see also p. 572

殺虫剤使用のカスケード効果 (Cascading effects of pesticide use)

現在では、ネオニコチノイドが花粉媒介者に悪影響を与えることがよく知られている。研究が拡大するにつれて、これらの世界的に使用されている殺虫剤が、脊椎動物を含む他の生態系要素に直接影響を与えていることが明らかになった。Yamamuro たちは、今回、これらの化合物が栄養カスケードを通じて間接的に種に影響を与えていることを示している(Jensen による展望記事参照)。1990年代にネオニコチノイドの農業用地への適用が始まって以来、動物プランクトンの生物量は、これらの用地に囲まれた日本の湖で激減している。この減少は、食物網の構造変化と、商業的に捕獲されていた2つの淡水魚種の激減を引き起こしてしまった。著者らは、そのような動態は広く発生している可能性が高いと主張している。(Sk)

【訳注】
  • ネオニコチノイド:昆虫の神経系に特異的に作用する殺虫剤。
  • 栄養カスケード:生態系を構成する生物が、捕食被食関係を通じて段階的に効果を及ぼす経路。
Science, this issue p. 620; see also p. 566

単一分子がスピンを感じる (Single molecules sense spin)

表面磁気の画像化、そして特に吸着分子あるいは薄膜のスピン励起の画像化は難しい課題である。 Verlhac たちは、表面試料と、走査トンネル顕微鏡の探針に取り付けられたニッケロセン分子のスピン励起状態との間の磁気的交換相互作用を用いることによって、スピン感知の可能性を実証している。 原子尺度での交換磁場の空間依存性を測定することにより、非磁性の銅表面に吸着した鉄原子および小さな島構造のコバルト原子に対して、原子尺度の方位分解能がある磁気波形の画像化が可能になった(MY,ok)。

【訳注】
  • ニッケロセン:1つのニッケル原子が2つの平面形状の共役五員環で挟まれた構造の分子。
Science, this issue p. 623