AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 2 2018, Vol.359

デュシェンヌ型筋ジストロフィーのための心筋編集(Myoediting for Duchenne muscular dystrophy)

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、進行性の筋力低下と筋肉喪失をもたらすX連鎖劣性遺伝障害である。Longたちは CRISPR-Cas9ゲノム編集を使用して、DMDにおけるジストロフィン遺伝子の発現を妨害する変異多発域型突然変異を修正した。いわゆる心筋編集は、RNAスプライス部位を無効にし、最も一般的な突然変異の除去を可能にした。この方法は、患者由来の誘発された多能性幹細胞におけるジストロフィン発現を首尾よく回復させ、誘発された心筋細胞における細胞収縮をほぼ正常のレベルにまで回復させた。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • X染色体連鎖劣性遺伝障害:X染色体に存在する単一遺伝子の異常により発症する
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aap9004 (2018).

矮小銀河は予想外の動きをする(Dwarf galaxies move in unexpected ways)

私たちの天の川のような大質量銀河では、そのまわりを複数の矮小伴銀河が周回している。銀河形成に関する標準的な宇宙論的シミュレーションは、これらの伴銀河がその中心銀河の周りをランダムに運動するだろうと予測している。Mullerたちは、近傍の楕円銀河である Centaurus A の伴銀河を調べた(Boylan-Kolchinによる展望記事を参照のこと)。彼らは、伴銀河が平面的な配置で分布し、その平面の構成メンバーは同一の方向に周回していることを見出した。シミュレーションの中での似たような大きさの銀河の場合、 99%以上がこの観測結果と合わない。Centaurus A や天の川銀河、アンドロメダ銀河はすべて、シミュレーションを信ずれば、統計的にはとてもありえないような伴銀河の系を有していることになる。この観測的な証拠は、標準的な宇宙論的シミュレーションで何かが間違っていることを示唆している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 534; see also p. 520

恐ろしいフラビウイルス(Fearsome flaviviruses)

ジカ・ウイルスは半世紀以上前に同定されたが、感染した妊婦の胎児へのその影響は、近年の猛烈に流行したときに初めて明らかになった。残念なことに胎児損傷を与える能力に関しては、ジカ・ウイルスが唯一というわけではないのかもしれない。この可能性を調べるために、Plattたちは、妊娠中の免疫応答性マウスに関連ウイルスを感染させた。2つの異なるフラビウイルス、つまりWest Nileウイルスと Powassanウイルスは胎児死亡を引き起こした。これらのウイルスはまた、ヒトの母体と胎児の外植片組織においても複製することができた。これらのまたは他の神経親和性フラビウイルスがヒト集団で流行するなら、我々は再び、恐るべき影響を持つ先天性感染症を経験するかもしれない。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • フラビウイルス: 一本鎖プラスRNAウイルスの一科で, 脊椎動物に蚊やダニを介して伝播することが多い. ジカの他にデングや日本脳炎・黄熱病・C型肝炎などのウィルスを含む.
Sci. Transl. Med. 10, eaao7090 (2018).

フォノンのメリーゴーラウンド(A phonon merry-go-round)

カィラリティは対称性の破れと関係し、しばしば右巻き挙動または左巻き挙動として記述される。そのような非対称性は、例えばある特定の材料における電子応答や特定の化学種間の反応において観測される。Zhuらは、遷移金属ジカルコゲン化物WSe2単分子層においてカィラル・フォノン・モードを観測したが、それはフォノン援助正孔遷移による円偏光二色性として分光学的に検出された。フォノンのカィラリティは、電子とフォノンの結合の制御と/または固体のフォノン駆動のトポロジカル状態の制御に用いられるかもしれない。(NK,KU,nk,kh) 【訳注】

【訳注】
  • フォノン:量子化された格子振動
Science, this issue p. 579

糖を忘れるな、タンパク質を作る際には(Remember the sugar when making proteins)

真核生物は糖タンパク質の分泌に対して、巧妙な輸送系と品質管理系を備えている。糖鎖付加経路は、オリゴ糖転移酵素(OST)を備えた小胞体で始まり、OSTは標的タンパク質のアスパラギン残基に長鎖糖を付加する。Wildたちは、酵母のOSTに対する低温電子顕微鏡構造を報告していて、これには8つの別々の膜タンパク質が組み込まれている。中核をなす触媒サブユニットは基質に対する結合部位を含んでいて、また、その側面に補助サブユニットがあり、これが糖鎖付加用に新たに転位されたタンパク質の触媒部位への送達を容易にしている。(MY,KU,kj)

【訳注】
  • 糖タンパク質:タンパク質を構成するアミノ酸の一部の側鎖に糖鎖が結合したもので、細胞外タンパク質や膜タンパク質に多くみられる。
  • 小胞体:細胞質内に網目状に連なる膜状構造の細胞小器官。 膜タンパク質や細胞外へ分泌するタンパク質の合成や、ステロイド合成、解毒、薬物の代謝などの機能を持つ。
  • オリゴ糖:単糖が数個結合した鎖状の糖類。
Science, this issue p. 545

ヒト・スプライセオソームの構造(Structure of the human spliceosome)

スプライセオソームによって触媒される、前駆体mRNAのスプライシングは2段階、即ち分岐とエクソン連結で進行する。C(触媒作用の分岐後スプライセオソーム)からC*(触媒作用の エクソン連結前プライセオソーム)複合体への転移は、アデノシン三燐酸分解酵素/ヘリカーゼPrp16によって促進される。ZhanらはヒトC複合体の低温電子顕微鏡構造を報告しており、ステップ1の二個のスプライシング因子が活性部位を安定化させ、それをPrp16に連結することを示している。(NA,kj,kh)

【訳注】
  • スプライセオソーム:タンパク質とRNAの複合
  • エクソン:オキシリボ核酸(DNA)またはリボ核酸(RNA)の塩基配列中で成熟RNA に残る部分
Science, this issue p. 537

過酷な生活様式(A demanding lifestyle)

ホッキョクグマは、北極地方の生息地の過酷な状況にうまく適応しているように思われる。しかしながら、Paganoたちは、この過酷な環境におけるエネルギー収支が、我々が思っている以上にきついものであることを示している(Whitemanによる展望記事参照)。彼らは、2年間にわたり、9頭の野生のホッキョクグマの行動と代謝率を監視した。彼らは、高エネルギーの要求がアザラシのような高脂肪の獲物の摂取を必要とし、それは、海氷上では容易に入手できるが、氷結していない状況下ではほとんど入手不可能であることを見出した。このように、海氷が毎年ますます短期的なものになるにつれて、ホッキョクグマはますます過酷な状況とより高い死亡率にさらされる可能性がある。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 568; see also p. 514

バイオフィルムがガン細菌に隠れ家を提供する(Biofilms provide refuge for cancerous bacteria)

家族性大腸腺腫症(FAP)は結腸沿いに良性ポリープを引き起こす。処置をしないでいると、この病気は高い発生率で結腸ガンに至る。ポリープがどのように腫瘍形成に影響するかを理解するため、DejeaたちはFAP患者の結腸粘膜を調べた。彼らはそこに、大腸菌とバクテロイデス・フラジリスの発ガン性の変種を含有するバイオフィルムを見つけた。FAP患者からの結腸組織は、分泌性ガン毒素を産生する2つの細菌遺伝子のより高い発現を示した。マウスでの研究で、特定の細菌群が連携して、結腸炎症と腫瘍形成を誘発するかもしれないことが示された。(MY,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • バクテロイデス・フラジリス:嫌気性グラム陰性桿菌。ヒト腸管内の常在菌の一種で正常糞便菌叢の95%を構成する。免疫応答の調節に関わっている。
Science, this issue p. 592

自己標的化を避けることによる自己防衛(Self-defense by avoiding self-targeting)

トランスポゾンのサイレンシングにより、Piwi-interacting RNA(piRNA)は、生殖系列における動物ゲノムの安定性を保護する。しかし、多くのpiRNAはトランスポゾンに対して配列マップがなく、その機能は曖昧なままである。Zhangたちは、線虫におけるpiRNA標的化相互関係 を記述し、そしてpiRNAサイレンシングに対する抵抗を付与する内在性生殖細胞系列遺伝子における固有の核酸配列徴候を同定した。このように、多様なpiRNAは外来性核酸を沈黙させるが、自分の遺伝子を残して線虫 (Caenorhabditis elegans)のゲノムを防御する。さらに、複数の外来性導入遺伝子は、piRNA標的化を逃れるために操作することが可能であり、生殖細胞系列での発現を成功させることが出来る。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • トランスポゾン:可動性遺伝因子(DNAのある場所から他の場所へ転移可能なDNA配列)
  • piRNA:約30塩基長の小分子でPIWIタンパク質と結合し、生殖細胞の ゲノムDNAを保護する。多くはトランスポゾンに相補的な塩基配列を持ちトランスポゾンRNAの切断を行うとされている。
Science, this issue p. 587

気候モデルに生物圏を組み込む(Integrating the biosphere into climate models)

高精度の気候予測は、さまざまな温室ガス排出シナリオの影響を理解するため、そしてその結果としての気候変動を緩和し適応するために必須である。BonanとDoneyは、地上と海洋の生物圏を含む地球システム・モデルの進歩を概説している。このようなモデルは、地球システムの物理的側面と生物学的側面の間の相互作用を取り込んでいる。これは、例えば作物収穫量の変化、山火事の危険性そして水の利用性等の社会的重要事項に対する気候の影響に関する知見をもたらす。更なる研究がモデルの不確実性(そのうちのいくつかは、避けられないものかもしれないが)をより良く理解するために、そして観察結果を理論的モデル表現により分かりやすく翻訳するために必要である。(Uc,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaam8328

脳の変異、若きと老いで(Brain mutations, young and old)

ヒトの脳を構成するニューロンのほとんどは有糸分裂が終了しており、長年にわたり、再生なしで生き、そして機能する(Leeによる展望記事参照)。Baeたちは、出生前の発生中のヒト脳からの個々のニューロンのゲノムを調べた。変異の型とその蓄積率の両方とも、原腸形成と神経発生との間で変化した。この早期の変異は、有用なニューロン多様性を生み出しつつあるのかもしれないし、あるいは個々人を後になって機能障害に罹りやすくさせているのかもしれない。Lodatoたちも、4か月から82歳の年齢の被験者からの個々のニューロンの配列決定することにより、年を取るにつれてニューロンが体細胞性変異を帯びることを見出した。体細胞性変異は、加齢とともに蓄積し、DNA修復の先天異常を患う個人ではより速く蓄積した。有糸分裂終了後の変異は、1つのニューロンだけに影響するかもしれないが、脳全体でのその蓄積されたゲノムの分散は機能に影響するかもしれない。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 原腸形成:動物発生の初期段階の過程で、胞胚の壁が陥入して、消化管原器となる腔所が作られること
Science, this issue p. 550, p. 555; see also p. 521

極性表面を補償する(Compensating a polar surface)

イオン結晶表面は静電気的に不安定であり、その表面はこの「極性の破綻」を避けるため、何らかの方法で再構成しなければならない。Setvinたちは、走査プローブ顕微法と密度汎関数理論を用いて、ペロブスカイト KTaO3 の極性表面における変化を調べた。彼らは、真空中で切断された表面がより高い温度に加熱されされる間の、いくつかの構造的再構成を観察した。これらの観察は、表面の歪みから、酸素空孔の発生, さらには KO と TaO2 の縞模様の発生まで多岐にわたった。水蒸気への曝露後の水酸化もまた、表面を安定化させた。(Sk,kh)

【訳注】
  • 密度汎関数理論: 電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算する理論である. 物理や化学の分野で、原子、分子、凝集系などの多体電子系の電子状態を調べるために用いられる.
Science, this issue p. 572

クエン酸合成酵素よ、回れ右(About-face for citrate synthase)

古典的には、クエン酸合成酵素は一方向だけで動くと思われている。すなわち、トリカルボン酸(TCA)回路で、アセチル補酵素Aとオキサロ酢酸からクエン酸生成を触媒することである。TCA回路は、逆向きに進行してクエン酸を開裂し、独立栄養的に二酸化炭素を固定化することができるが、これはクエン酸合成酵素に代わるクエン酸分解酵素のような酵素でのみ生じると思われていた。今回、NunouraたちとMalたちは、還元性フェレドキシンを必要とする、高効率で、可逆的に作用するクエン酸合成酵素を持つ好熱性細菌を発見した(Ragsdaleによる展望記事参照)。この機能はメタゲノミクスでは検出できないが、古典的な生化学が、この細菌のゲノム配列と表現型の間の隔たりを埋めた。触媒反応の向きは、有機炭素対無機炭素の利用可能性に依存し、変動する環境で生き残る柔軟な両賭け戦略を反映している。進化論的には、この能力は古典的TCA回路に先立つものかもしれず、また、幅広い嫌気性微生物で起こっているようだ。(MY,KU,kj)

【訳注】
  • 独立栄養:生物の主要炭素源として二酸化炭素を利用すること。
  • フェレドキシン:鉄と硫黄を含有する水溶性電子伝達タンパク質で、原核生物から動物まで広く分布し、光合成系、窒素固定系、炭酸固定系などにおける電子伝達反応に関与する。
  • メタゲノミクス:環境中から直接回収された微生物集団のゲノム混合物の塩基配列を網羅的に調べ、環境中の微生物集団の特性を研究すること。
Science, this issue p. 559, p. 563; see also p. 517

HLA遺伝子型が応答に影響する(HLA genotype affects response)

免疫療法は、がんと戦うために患者自身の免疫系を活性化することによって作用する。有効な殺腫瘍のために、CD8+T細胞は、ヒト白血球抗原クラスI(HLA-I)分子によって提示される腫瘍ペプチドを認識する。ヒトの場合、3つの主要なHLA-1遺伝子(HLA-A、HLA-B、およびHLA-C)が存在する。Chowellたちは、どのようにしてT細胞が腫瘍ペプチドを認識し、免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫療法に応答するかに関して、生殖細胞系列HLA-1遺伝子型が影響を与えているかどうかを調べた(KvistborgとYewdellによる展望記事参照)。彼らは1500人を越える患者を検査し、HLA-1遺伝子座位のヘテロ接合性は、1つかそれ以上のHLA-1遺伝子に対するホモ接合性より良好な生存と関連していることを見出した。 したがって、特定のHLA-1変異は、免疫認識とがんワクチンおよび免疫療法のためのエピトープの設計に関係するかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • 免疫チェックポイント阻害剤:免疫チェックポイントは過剰な免疫反応や自己免疫疾患を抑制する機構で、この機構に作用するタンパク質を阻害する抗体
  • エピトープ:抗体が認識する抗原の一部分
Science, this issue p. 582; see also p. 516

X染色体は狼瘡に関連している(The X chromosome link to lupus)

全身性紅斑性狼瘡(systemic lupus erythematosus:SLE)を発症する10人のうち9人は女性である。さらに、クラインフェルター症候群(47、XXY)を持つ個体はまた、SLEの発生率が増えている。これは、X染色体の数がSLEの重要な危険因子であり得ることを示唆している。Souyrisたちは感度の高い定量法を用いて、X染色体上にコードされているToll様受容体7(TLR7)が、女性とクラインフェルター症候群を持つ個体のB細胞と骨髄細胞中で、X染色体不活性化を免れていることを証明している。TLR7は、一本鎖RNAに結合し、SLE患者においても活性化される経路である、I型インターフェロンのシグナル伝達を活性化する。したがって、TLR7の二対立遺伝子発現は、より大きなSLEリスクの一因になると思われる。(Sh,kh)

【訳注】
  • 全身性紅斑性狼瘡:免疫複合体の組織沈着により起こる、全身性炎症性病変を特徴とする自己免疫疾患。
  • クラインフェルター症候群:男性の性染色体にX染色体が二つ以上あることで生じる疾患の総称で、四肢細長、思春期来発遅延、精巣委縮、無精子症などが主な症状である。
  • Toll様受容体:動物の細胞表面にある受容体タンパク質で、種々の病原体を感知して自然免疫を作動させる機能がある。
Sci. Immunol. 3, eaap8855 (2018).

細胞骨格-EGFR接続(The cytoskeleton-EGFR connection)

何種かのガンは、異常な上皮増殖因子受容体(EGFR)のシグナル伝達によって引き起こされる。2つの論文が、この受容体と細胞骨格の再構築との関連を明らかにしている(Chiasson-MacKenzieとMcClatcheyによるフォーカス記事参照)。Pikeらは、受容体の内在化を遅らせ、それによって膜からのEGFRシグナル持続時間を増加する細胞骨格経路を描写した。Rothらは、EGFRシグナル伝達の細胞骨格関連エフェクターを同定した。それは、乳腺上皮細胞の移動と増殖を促進し、乳癌患者の予後不良と関連していた。(ST,kh)

Sci. Signal. 10, eaan0949, eaaq1060; see also eaas9473 (2018).

ストライプ相を非線形で覗き見る(A nonlinear peek into stripes)

多くの高温超電導の理論モデルでは、転移温度 TC より高い温度まで、超伝導の名残が持続する。Rajasekaranたちは非線形テラヘルツ分光法を用いて、クプラート超伝導体の状態図のこの領域を調べた。それは、特定の不純物添加濃度で現れる、ストライプ相としてよく知られている(ErgecenとGedikによる展望記事参照)。ストライプ相に深く入った試料においては、超電導領域から TC よりずっと高い温度まで、大きな非線形信号が持続した。この発見は、対密度波とよばれる、特有の空間変調された超伝導状態の形成を示唆している。(Sk,KU,kj,kh)

【訳注】
  • クプラート:一価の銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオン. アルキル基を銅に配位してアート錯体 MR2Cu になったものは特異な反応性を示すために有機合成に試薬としてしばしば用いられる。
Science, this issue p. 575; see also p. 519