イベント・レポート

2002年度リコー将棋部夏合宿

〜〜〜史上最多の58人参加〜〜〜

年月日:2002年8月10日(土)13時〜8月11日(日)15時

場所:神奈川県湯河原「杉の宿」

リポータ:西田 文太郎 e-mail : buntaro.nishida@nts.ricoh.co.jp

【助手席にもっともふさわしくない男】

 暑いことは暑いけれど、朝夕の暑さの弱まりや青空の雲の描かれ方に夏の勢いがピークを過ぎたことを感じる。太陽は確実に地球から遠ざかっている。今年は桜が早く咲いた以外は春の訪れといい、梅雨時の雨の恵といい、夏の暑さといいかなり普通の自然の摂理に近いと思う。
 お盆の帰省ラッシュと重なって、道路は混んでいる。助手席には単独行の文太郎にしては珍しくうさんくさい男が座っている。ぼそぼそと関西弁をしゃべる。そうかと思えば、いつのまにか黙り込む。眠っている様子はない。我が愛する宇多田ヒカルに聞き惚れているようでもない。突然「でけた」と叫ぶ。ハッとするが、運転に関することではなさそうだ。何事かと思う。「何や、この筋やったんか」つぶやきは続く。「これ一個だけでけへんかったんや」と、かばんの中からがさごそと、何かを取り出す。そう、そうなのだ。「将棋世界」。その雑誌を持つ太い手はN山T敬、朝日アマ名人5連覇を達成した男。
 そうか、いつも頭の引出に仕掛かりの詰将棋が無造作に放り込まれているのか。強くなる為の小さな秘密の扉を一つ見つけた。
 交通情報ニュースを聞いて、いつもより、30分ほど早く家を出た。そのせいか環状8号線はまずまずの早さで走った。特に世田谷通りにかかる三本杉陸橋は、工事で1車線になっていたので、もう少し遅ければ、もっと時間を食っただろう。
 東名高速はいつも通り大和トンネル辺りから渋滞している。それでも、まずまずの早さで通り抜け、小田原厚木道路にはいる。いつもより混んでいる。しかし渋滞と言うほどではない。目論見通り12時前には湯河原に着きそうだと思ったとたん、小田原西の出口から渋滞が始まった。真鶴道路の方ががちがちに混んでいる。渋滞は渋滞でも全く動かないのだ。遅刻の危険を感じた。主将がいなくては、始まるものが始まらない。合宿委員の星出に連絡し夜のイベントの打ち合わせをし最悪は遅刻するかもしれないと伝える。
 渋滞のおかげで、石橋料金所のあるあたりの小さな山、源頼朝の古戦場跡が緑豊かに見える。また、太平洋の海は夏の太陽に映えて黒々と横たわり、銀色のラメを配しているように輝いている。
 結局心配はしたものの、途中コンビニで買ったお弁当を片手に1時直前に杉の宿に飛び込んだ。

【大盛況】

 私が95年冬合宿のイベントレポートを書き始めてから、それぞれどのくらい参加しているのか調べてみた。毎回明確に人数が記載されているとは限らないのだが、全体の雰囲気と合わせて読むと、97年夏合宿の56人が、95年冬以降これまでの最多参加者数のようだ。従って、今回の58人は史上最多ということになりそうだ。また女性陣も99年夏の12人をしのぐ13人となった。

 プロ棋士の屋敷師範は、今回も参加してくれて、8割6分の高参加率で、感謝にたえない。いつもにこにこみんなとうち解けてくれる。実力がある人は、偉ぶらない。実力が落ちてくると権威に頼りたがる。女流棋士では、今回参加の早水さんが6割近い参加率をほこる。早水さんは湯煙三人娘の平均年齢を下げるのに貢献している。
 いつもは8月の第1週にやっていたが、今回は第2週になったため育成会の人たちも参加しやすかったようだ。貞升南さん、鈴木漢那さん、中村真梨花さんと3人が初参加した。環那ちゃんはお母さんも来てくれた。恒例のフェアリーからは是安さん、足立さん、畑中さん、前島さん、中丸さん。伊藤さんは、小学生の沙恵ちゃんとお母さんと親子で。久しぶりの顔を見せてくれた羽二重殿(小野三千代さん)はニューフェースの大澤君というボディーガードつき。徳森さんは、いつものようにご夫婦で。女流学生棋界のホープ永田さんは確か2回目。
 リコーの中からも勝又は親子で参加、このパターンはいかにもリコーグループの将棋部らしくって、もっとも歓迎したいものだ。むろん親子参加元祖の藤森父子も来ている。奨励会は(藤森)哲ちゃんの他に伊藤君、和泉君と豊富だ。学生で、来年リコーグループ入社が内定している細川君も大歓迎。これでS級若手の洋次や馬上も参加しやすくなる。合宿は普段接する機会の少ない老若男女幅広い方がいい。坂下の大学の後輩が塚越君と信沢君。外部からは2割程度がふさわしいというのが私の直感だったが、今回は3割強。始めての人も多かったが、皆違和感なく楽しんだようなので、目安として3割でもOKだと思う。
 又、年齢層別に見ると、小学生2人、中学生5人、高校生1人、大学生4人、60代以上6人と、幅広い。おっと、N野さんを60以上に数えてしまった。60以上は5人。

【公式リーグ戦】

 恒例の部会は、野山主将が将棋部ニュースに沿って進める。今年の4月から新たに加わった新人が馬上勇人、水山哲彦の二人。春の職団戦は惜しくも準優勝。アマ竜王戦全国大会には野山、藤原、田尻と三人が出場した。結果はあえて書かないが。トピックスとして、師範の屋敷さんが八段昇段、中倉彰子女流が初段昇段。来年の大物新人細川大市郎君と武田俊平君のリコーグループ加入など。そして、初参加の人たちに簡単な自己紹介をしてもらう。

 すぐに公式のリーグ戦が始まる。持時間は20分で、使い切ると一手30秒未満で、スイス式リーグ戦。今回はSクラスを16人ずつの2クラス作り、できるだけレーティングが下の人も、上の人にあたるチャンスを作った。Aクラス14人、Bクラス12人。
 優勝は、Sクラスが、S1、S2それぞれ4連勝の屋敷師範と山田洋次。さすがにレーティングに狂いのない順当勝ちだ。Aクラスは女流アマ棋界の強豪、知的で素敵な畑中さゆりさんが4連勝とぶっちぎりの優勝。Bクラスは梶山貴司が、見事4連勝で優勝した。

 私は、S2の下の方に引っかかっている。で、初戦は太田博朗戦。彼は社団戦では一部リーグで活躍している強豪だが、意外にも合宿には初参加だ。私は後手番だったので、飛車を振ったのだが、英春流とやらで、あっけなく悪くなる。ところが、寄せで、何故かぐずってくれて、大逆転をしてしまった。将棋は、下駄を履くまで何が起こるかわからない。ごくまれに弱いものが強いものに勝つこともある。だからやめられない。太田君ナイスなプレゼントをありがとう。
 二回戦は野山知敬。後手番で、・・・おや、もう何をやったかさえ覚えていない。たぶん四間飛車をやって、急戦でつぶされたんだろう。結果は推してしるべし。
 三回戦は坂下裕水。彼もSクラスを窺う強豪だ。どっしりした体型で、対局中の真剣な眼差しは、かっこいい。私は後手番で、ごきげん風に進めてみた。駒組みが終わる前に、長考一番猛烈に仕掛けてきた。作戦負けと思ったのか、チャンスありとみたのか、わからなかったが、私には攻めは切れているように思った。しかし具体的に、指しきらせる順を見いだせないまま、怒濤の寄せを食らってしまった。  四回戦は木村健二。今日は全て後手番だったが、向こうが飛車を振ってきたので、居飛車で急戦を選ぶ。ごつんごつんやっているうちに、有利になっていた。何とか、2勝2敗の五分の星となった。
 95年冬からの自分の成績を見るとSクラスでは4勝8敗、Aクラス(またはB:これは上から2番目という意味で同クラス)で23勝20敗となっている。

【屋敷師範昇段祝賀会兼夕食】

 夕食は三列の細長いテーブルにてんでんに座り、少々のビールを飲みながら談笑する。楽しいひとときだ。将棋が好きという縁で集まった顔・顔・顔・・・大いにしゃべり、適当に食い、少し飲む。休眠中の将棋部の人たちも、たまにはおいでよ。

 屋敷師範が八段に昇段した。今の規定が変わらなければ、来年は九段になる。屋敷師範の昇段を記念して、クイズ大会が企画された。屋敷さんに○と×のパネルを持ってもらう。全員立ち上がって、不正解の人は座り、正解した人は立ち続けるのだ。第一問は「屋敷さんがプロになって最初の将棋は相掛りである」という設問で、正解は×。私は屋敷師範が相掛りを得意としているので○にしたのだが、見事に裏をかかれた。半分くらいが座った。問題はどんどん進み、中には屋敷さんがわからないというものまででてきたが、最後は藤森保と平田聡の二人が残り、平田が正解した。設問もよく考えられていて、屋敷師範のリアクションも沢山みられて、なかなか面白かった。合宿委員のヒットだ。

【リレー将棋】

 夕食後、一服してから夜のリレー将棋が始まった。四人一組で14チーム、三手ずつ指して交代する。優勝は野山・木村・高田・徳森チーム。実は、野山はリレー将棋がとても強い。95年冬以降では2度目の優勝となる。準優勝は伊藤康了・樋口・小野・勝又啓貴チーム。
 私は星出・中丸・近江とチームを組み1回戦は太田・竹中・足立・矢口チームに勝ったものの、2回戦で坂下チームに負けてしまった。勝つにこしたことはないが、負けても楽しいのがリレー将棋だ。これも女性が今回くらい集まって始めて楽しむことができる催しだ。

【男女対抗戦】

 是安さんからの提案で、女性対男性の団体対抗戦をやることになった。メンバーは、適当に見繕って、どんどん指す。これはこれで、面白かった。この間、この対抗戦に参加しない人は、自由対局で、びしばし指している。私は、是安さんと畑中さんに負けて、足立由美さん、伊藤沙恵ちゃん、徳森裕江さんには勝ったような気がする。
 向こうの方で人だかりがしている。野次馬はすぐに飛んでいく。育成会の3人を相手に細川が時計を使って指している。全部30秒将棋だ。かなりきつそうだが、ハイペースで進んでいく。しかし最後の方で、時計が切れてしまったところがでてしまった。まあ、ご愛敬で、人だかりはますます増えている。彼のこれからの活躍を期待したい。

【露天風呂】

 明け方近くまで指して、少し眠って、6時頃露天風呂に行った。しっかり先客がいる。天井には屋根があるが、壁の上の方がないので風が通って、涼しい。眺めもぐるりと林が見えて、目の森林浴だ。新湯煙3人娘はここに昼の3時頃まで浸っていたらしい。なぜ知っているかって?いえいえ、決してのぞいていたわけではないのです。ただ一緒に入っていただけで・・・なわけないよね。。。風の便りに、耳にしただけ。
 表彰式は10時近くに始まった。各クラス5位まで賞品が出て、クイズ王と、リレー王にも出た。
 楽しい将棋三昧の合宿となった。参加した皆さん、お互いに有難う。特に北海道から畑中さん、名古屋から足立さん、おかげで盛り上がったよ。ついでに岩手や大阪から来たおっさんも、どうも。合宿委員の今井・星出エクセレント。

【課題もいくつか】

 前に参加したイマゾウさんが、飲み物のからを自分で捨てるべきだと指摘していた。今回も、飲みっぱなしの人が多かった。それをせっせと片づけてくれている人がいた。有難うね。でも、このくらいのことは、参加した人たちが気をつけませんか?
 今回は一人欠席、一人遅刻が発生した。せっかく将棋を指しに来て不戦勝はつまらない。来ると言ったら来る、きちんと来る、そういうことは常識だよね。みんなで協力して楽しい合宿を作り上げる、一種のコラボレーション。最低限の義務を果たさないと、みんなに嫌われちゃうよ。といいつつ、今年は遅刻しそうで危なかった。来年は、もっと早く家を出よう。
 女性が増えればセクハラの機会も増す。セクハラ取締役(谷川、それに何故か西田も)の出番だ。でも、これもいつも通り一人一人が気をつければ済むはずだよね。一番危ないのが、私だというとんでもないレディーもいたけど。
 煙草の副流煙による受動喫煙の害は、最近大きく問題にされている。たばこを吸う夫を持つ妻が肺ガンで死亡する割合は夫がたばこを吸わない場合に比べて1.6倍から2.1倍も高くなっている。今回も対局場は禁煙を守ってくれて、大いに良かった。反面、夜はアルコールの臭いをぷんぷんさせて対局している人がいるが、いかがなものか。アルコールも嫌いな人には、あの臭いは辛いもの。将棋を楽しむならアルコールは控えて欲しい。もっとも、これも危ないのは私だという奴もいる。

【100本目】

 私がはじめてイベントレポートを書いたのが95年の冬合宿。折しもインターネットの波がやってきて、リコー将棋部でもホームページを立ち上げたばかりであった。ホンの遊び心で散文詩のようにつづったものだ。それ以来、谷川、小川、南、野山や多くの仲間達に励まされ、参加型レポートをポチポチ書きつづけてきた。だんだんこれは新しいジャンルではないかと思うようになった。傍観者またはレポーターの視点ではなく、参加者の目線で見えたもの、感じたことを伝えるから、俯瞰はできない代わり、まっただ中の断面を生のまま伝えられる。それを面白おかしく、できればフィクションに昇華してしまいたい。
 京の五条の橋のたもとで弁慶が刀を奪っていたという話を絵本で見たことがある。あと1本で100というとき現れたのが横笛を吹きながら、薄いベールをかぶった小柄な牛若丸。弁慶の長刀にひらりと体をかわして弁慶をやっつける。なかなか最後の1本が難しい。 このレポートもあと一つというところで足踏みをしてしまったが、かえって、合宿というイベントのレポートになって、良かった気もする。毎回書いていると思った合宿レポートも00年の夏は書いていない。高橋定光が書いているのでレポートとしてはとぎれていないが、こうして振り返ってみると惜しいと思う。同時に、いろいろ悩みながら歩いてきたこともよみがえってくる。
 足かけ7年で100作という一区切りにたどり着けて、とても嬉しい。これからも、急がず慌てず、ぼちぼち続けていこうと思う。少しは新機軸も打ち出したいものだが、考え込んでいると、速報性が損なわれる。まあこれも出たとこ勝負でいくしかない。
 最後に一緒に作り上げ、励ましてくれた将棋仲間にお礼を言いたい。有難う。

(完:記2002年8月21日、改8月25日)


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