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イベント・レポート

リコー杯プロ棋士ペア囲碁選手権 1998

日時:1997年12月20日(土曜日)

場所:テピアホール

主催:財団法人日本ペア囲碁協会 協賛:株式会社リコー

リポータ:西田文太郎 e-mail : nishida@cs.ricoh.co.jp

大応援団
三回戦
囲碁の棋譜
準決勝


大応援団

 我がリコー将棋部には熱烈な梅沢由香里ファンが少なくとも二人いる。一人はフォーラムペンネーム「由香里ファン」、もう一人は「由香里st」。
 後者のネーミングは、30年ほど前に遡る吉永小百合のサユリスト、栗原小巻のコマキストからの発想なのでその年齢は押して知るべしである。前者は新婚早々だから奥様には内緒で来ているに違いない。こんな応援団では全く頼りないけれど、二人はがっちり大応援団のスクラムを組んで由香里さまの応援に繰り出すことになった。
 場所は、青山通りから神宮の方に少し入ったところで、都立青山高校の前にある。新しく、お洒落なテピアホールという建物だ。

 梅沢由香里初段は昨年に引き続いて3回戦に進出している。
 昨年は女性に優しい宇宙流の武宮正樹九段とペアを組んでいた。今年は小林覚九段とのコンビである。選抜された32人16組は、どのペアを見ても魅力的な組合せで、囲碁ファンにはこの上なく楽しいイベントだ。しかも憧れのプロ棋士たちの戦いぶりをわずか2メートルほどの至近距離で見ることができる。
 碁盤を挟んで、2組のペア4人が椅子に座る。その片側に記録係がやはりペアで椅子に座る。この6人を囲うようにロープが張られている。観客はその回りに集まるが、記録係の反対側からしか盤面が見えないので、せいぜい20人用の立ち見席である。
 碁盤の真上に小さなカメラがあって、対局場から少し離れた所の大きなスクリーンに全ての盤面が見えるようになっている。観客のほとんどはそちらで、椅子に座って進行を見ている。

三回戦

 先手八代久美子二段・加藤正夫十段対佃亜紀子二段・山城宏九段戦は、175手までで、黒の中押勝ち。
 注目の先手梅沢由香里初段・小林覚九段対岡田結美子四段・武宮正樹九段戦は、211手までで、黒の中押勝ち。
 由香里様は濃いめのベージューのツーピースで、にこにこしている。武宮九段は得意の「まいったな」を連発していた。先手青木喜久代七段・本田邦久九段対小林泉美二段・大竹英雄九段戦は、227手までで、黒の中押勝ちとなった。最後に、大竹九段が「次頑張ってちょうだいね」と青木ペアにエールを送っていた。



 最後まで戦っていたのが、先手吉田美香六段・趙治勳棋聖・名人・本因坊対西田栄美女流名人・片岡聡九段戦。
 すぐ側で、大竹九段、加藤十段、武宮九段、小川誠子副審判長らがのぞき込んでいる。関係者は特権で、ロープの内側で見ることができるのだ。人垣は三重、四重の大人気、結局308手まで打ち終えて、作ることになった。 趙大三冠が、作ろうとすると、大竹九段が「それは女性に任せて」とアドバイス。
 作り終えて、白の3目半の勝ちとなった。趙さんはおどけて、「おかしいな、作る前は2目勝っていたはずなんだけど、アゲハマ落ちてない?」とごけをひっくり返してみせると、大竹九段が、「そんなアマチュアみたいなことしないでよ」と笑い、回りの観客は大受けだった。

囲碁の棋譜

 ところで、囲碁の棋譜は19x19の升目に、直接1、2、3…と打った順番に数字を書いていく。先手は、黒字で、後手は赤い字で書く。コウなどで同じ場所に何度も打たれるときは、下のメモ欄に58(36)などと書く。36番目に打ったところに、58番目を打ったということになる。
 この赤と黒の2色を使うことから、リコーのイマジオDAシリーズが会場の一端を占め、対局が終わると即座に2色コピーを大量生産して、観客に配る。たったこれだけのアプリケーションだが、白黒コピーでは全く役に立たないのだ。国内販売推進センターの二人と宣伝関係の人たちが休日出勤で、縁の下の力持ちをやっていた。
 また、日本将棋連盟では棋譜は簡単にコピーを許さないが、囲碁界では棋譜はオープンのようだ。棋譜そのものは記録であって、それを利用した解説などに著作権が発生するという考え方なのだろう。チェスもこのように考えているという。

準決勝

 「由香里ファン」は秩父宮ラグビー場かどこかで社会人ラグビーを見てからやってきた。

 由香里ファン「リコーはNECに6対26でボロボロ」
 由香里st 「ふーん、残念、これで、お正月のラグビーの楽しみはなくなってしまったね」
 由香里ファン「もう由香里さんに決勝にいってもらうしかないすね」

 「由香里ファン」と「由香里st」は、対局が始まる20分も前から盤面のよく見える場所に陣取っている。しかし、テレビカメラが一番いいところを占拠しているので、大応援団は、じりじりと端の方に押されぎみだ。
 開始時刻頃になって、八代二段と加藤十段がやってきた。やや遅れて小林覚九段が登場。お目当ての由香里様はなかなか来ない。と思う間に、人混みの中から小走りにベージューのダブルのツーピースがやってきた。
 由香里様が白い石を右手でたくさん掴み盤の上にのせる。かわいさでは引けを取らない紺のツーピースの八代さんが黒石を2個、盤の上に置く。由香里様が手の中の白石を開いて数えると、丁度20個で、八代・加藤ペアの先番となる。「由香里st」がつぶやく。「やばい、3回戦の4局中3局が黒番の勝ちだ」。

 黒は右上小目、白左上星、黒右下小目、白左下星と進む。一手30秒以内で、途中考慮時間が1分間づつ10回とれる。

 由香里st 「これじゃ男性は考慮時間使うわけに行かないね」
 由香里ファン「そうですよね、やっぱ女性にあげないと」



という会話をよそに、右上の辺りで、ややこしくなったらしく、小林九段が1回目の考慮時間を使う。
 その後も、右辺で、上部から中央、そして下部まで難しい戦いが続き、梅沢・小林ペアはどんどん考慮時間を消費する。由香里様は手を額に当てたり、口を膨らませたり、苦しそうに考えている。時々小林九段が由香里様の打った手を見てうんうんという風にうなずいたりする。
 途中で、由香里様が秒読みに追われて時間つなぎの手を打って、思わず笑い出してしまう。小林九段もつられてすこし笑う。そうか、去年見ていたときも、由香里様は対局中によく笑っていた。パートナーの武宮九段も笑い、時には相手の対局者達も笑っていたのだ。何故あんなに笑っていたのか、謎が一つ解けた。

 局面が難しく、どう打ってよいかわからないときに、時間つなぎの手を打つのだ。これを打たれると、相手はそれに突き合わないといけないので、ペアの相方に手を渡すことが出来るのだ。そうすると、部分的にはコウ材が減り損ではあるが、上級者のより正確な着手が期待できるのだ。この辺が由香里様の素直なところで、暗に教えを受けているのだ。
 これは簡単に出来るようで、意外に難しいことだ。囲碁にしても将棋にしても自分の手番をパスすることはプライドというか根性というか、対局者心理としてはかなり自分を捨てなければ出来ないはずだ。だから由香里様は笑ってしまうのだ。でも真剣に読みをいれている最中なので、すぐに気持ちを元に戻して対局に集中できるのだ。もっとも将棋ではこのような時間つなぎの手はあまり出現しないから囲碁独特の手段かも知れない。
 途中大竹九段や林海峰九段などがのぞきに来ている。終局直前林九段と小川六段が、手振りで、先手側が良さそうな会話をしているように見えた。280手で打ち終えて、作って、由香里様が「半目?」…「1目半」ですか、と言っている。それでもどちらが勝ったのかわからない。

 小林九段が「いや、すぐつぶれるかと思ったけど、粘り強いね」と由香里様をたたえている。たぶん、右上の辺りだろうが「あそこははねたあと、かけついでおくと理想的だったよね」と小林九段が言うと、両手を口に当て、「あっ、そうか、全然思いもつかなかった」と由香里様。
 左下の辺りを指して「あそこではどう打つのかわからなくて、もう一度時間つなぎを打とうかと思ったんですけど」と由香里様。小林九段は「あれでも悪くないけど、はねちゃったほうがよかったね」と優しい。「あっ、そうか、やっぱり時間つなぎを打てばよかった」。
 愉快な感想戦が続き、回りの観客は大いに楽しんでいる。結局、そのやりとりから、由香里様ペアが負けたとわかる。「足を引っ張りまくってごめんなさい」と小林九段にいうと、小林九段は「ここまで3連勝だからね、4連勝は厳しいからね」とかなぐさめている。
 由香里様は昨年よりワンランク上のベスト4まで行ったのだから初段という段位からすると大健闘である。

 先手青木・本田ペア対西田・片岡ペアは、しばらくしてから215手までの黒の中押勝ちとなった。振り返ってみると、今日の6局中5局が黒番の勝ちとなった。

 決勝は、来年の1月25日に行われる。今度は大盤解説も付くという。囲碁ファンには見逃せない竹芝ニューピアホールとなる。

 (記:97年12月21日)

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